2016年03月03日

自分の生かし方

自分のままで

思ったように生きる

やりたいことをやる

このような生き方を推奨されても、これらのことがわからない場合もあります。

周りに合わせて(他者と関わり合うことで)自分を育てることをテーマとしていることがあるからです。

そういうテーマを持つ人にとっては、“自分を打ち出す”ことは、テーマに沿わないことになるので

あえて「自分の感覚がわからなくなる(「自分」がない、自己主張が激しくないなど)」ように設定している場合もあります。

自分のことがよくわかならい・・・(´・_・`)?

という人は

「誰かのため」や「何かのため」という使命感を持つと、魂が輝くことがあります。

自分のことはがんばれないのに、誰かのためだとがんばれる。

そして、上手に調和することが、すんなりできたりします。

自分を打ち出すことで世の中と関わることを決めているタイプが“自分を打ち出して成功”していても、合わせるタイプは、同じようにうまくはいきません。

自分の表現の仕方と、世界との関わり方が全く違うからです。


何だかうまく振る舞えない
そこにいることに違和感がある

そんな想いを感じている人は、自分の生かし方が違っているのかもしれない。


「自分がない」自分が悪いのではなく、生かし方が違っているだけなのです。


自分が輝ける場所はどこですか?




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2016年02月20日

他者からの評価

他者から、自分がどんなふうに見えているのか

たくさんの人と関わる中で、あまりにいろいろすぎて、どれが「自分」か、わからなくなりました(笑)

というか、それをコントロールはできないので、「この人には、そのように見えるのだなぁ」と、ただ見ていました(笑)

それを否定も肯定もせず。
(よけいに混乱するかな 笑)
訂正した方がいいの?
でも、どう思われようが、それをコントロールはできないし、どう思おうとその人の自由だし、

私は私以外の何者にもなれるわけはなく、
「評価」は「評価する方」にお任せして。

私は私を生きていく。


面白いですねぇ。
「評価」って、「流れる」んですよ(笑)
誰かがそういうと、そうかな、って気になってくる。
そうかな。って思う人数が膨らむと、余計にそっちに流れやすくなる。

でも、「それ」を決めるのも自分ですからね。


発している「周波数」は、必ず伝わります。
「虚飾」は通用しないから。

本来の自分は、どんなときにも輝きを放っていて、それを見つけてくれる人は必ずいます。





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2016年02月19日

どんなにがんばってもどうにもならないとき

人生の中には
エネルギーポイントのようなものがあって

「生まれる」「死ぬ」「出逢う」なんてことは
もう魂の決めてきたことで

どんなにがんばっても、もう、自分の力ではどうにもならないことで。
それ以外は、自分の好きなように生きていてもいいのだけれど、

何をどうしても、否応なくやってくる、「どうにもならないこと」

たとえ、それがどんなに辛いことであろうとも、
なくそうなくそうとしてもなくならなかったり、
とってもとってもとれなかったり、
なんとかしようとしても、どうにもならなかったり、
やってもやってもやれなかったり・・・

そんなときは
そんなときこそ

今、「向き合う」時期なんだと思う。
向き合うことが、目の前に現れているんだと思う。

どんなにきつくても。

乗り越えた先には、得ているものがあって。

それこそが「魂の課題」になっていて
だからこそ、それを乗り越えないと問題は解決しない。

「課題」が目の前に来ている時は、なすすべなく、それとひとつでしかいようがなくて、

それを乗り越えた頃、また少しずつ自由にやれる幅が出てきて。


どんなにがんばってもどうにもならないとき。

それは、もう、それとひとつでしかありようがない。
そう、覚悟を決めて、向き合う時なんだ。

そうすると、感じられる。
目に見えない何かが働いて、少しずつ、何かがうごめいているのを。

それは「運命」と呼ぶものかもしれない。


「魂の課題」が発動する時。
そこには、辛さだけがあるんじゃない。
その辛さをちゃんと乗り越えられるように、その人だけに与えられた「(運の)強さ」「目に見えない存在からのサポート」があって

ちゃんと乗り越えられるようになっているもの

身動きが取れない中で
奇蹟のように輝く偶然も重なって

とにかく

神聖なタイミングなのだとしか感じられないような流れが続く。


流れに乗るしかない。

すべては、落ち着くべき最善の所に落ち着くと信じて、その流れに逆らわずに
向き合って受け容れて流されるところへ流されていく

自分で何とかしようとしてきた人にとっては、
手放すって、とっても怖いことに感じるだろうけど
とっても怖くてとてもできそうにないと感じることもあるかもしれないけれど

思いきって手を離して
流れに乗ってみる方が
よりスマートに最短コースで
思いもよらない、素敵なところに辿りつけたりするんです(笑)



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2016年02月15日

自分の中心からくるものを信じる

邪念なく、ふとわき上がった思い、そうしたいなと思ったことをやっていきましょう。

自分の中心(源)からやってくるものを信じて。

いくら、そうしようと頭ではわかっていても、なかなかそうできないこともあります。

でも、それはそれで、どうこうしようとせず、「なかなかできないなぁ」って、見守ってあげよう。
いつか、できる(動きたいと思う)ときが来る。

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2016年02月12日

信じよ

痛みから意識が反れている時間が長ければ長いほど

実際に、身体に意識を戻した時、身体の痛みはなくなってくる。
快方へと向かう速度がはやい気がするんです(※個人的な感想です)。

つまりは、悩みから意識が離れている時間が長ければ長いほど、悩みは薄れていくのでしょう。

ぼんやりしているときに、突如響いた言葉、「信じよ」


ハッキリと、強く。望むものを信じる。
もっと強く望む。

そうすれば、それは「スイッチ」になる。

信じた観念が自分にとっての「世界」になる。


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2016年02月10日

邪魔する思考を区別する

「私は、完璧です」

「あらゆる存在は、そのままで完璧です」

この言葉に反発する気持ちがでてくるのならば、
あなたは今、自分に自信をなくしていて(自分を好きになれなくて)、とてもその言葉を受け入れられないか、
あるいは、
あなたは今、とても情熱的に、頑張れている(目指している何かがある)のでしょう。

心が弱っているとき(自分に自信が持てなかったり、自分には何の価値もない、と感じて苦しんでいたりする場合)の自分にとっては、そうやって、今のままの自分の存在そのものにOKを出してあげることがとても大切で、上を上をめざしている人には、「自分が完璧だなんて思ったら、そこで成長は止まってしまう」と感じることでしょう。
心が弱っている時に「上を目指す」をやってしまうと、とても辛くなってきます。
がんばってもがんばっても報われないような・・・

または、あまりに自分に厳しくても(自己評価が低くても)、

上を向いてがんばれる時と、そうでない時、使っていい言葉と使わない方がいい言葉があります。

その時の状況によって、自分にとって必要な言葉はそれぞれで、
言葉を受けとる側の人から見れば、批判や共感、いろいろあるでしょう。

発言したときに、状況が違う者からの批判を恐れるのではなく、
受け取った時にどう評価するかはその時の自分の状況がどうかで判断し、どれもこれも自分に取り込むのではなく、ちゃんと、今の自分にその言葉が必要かどうか、区別できるようになると、ずいぶん楽になります。

真実は、どんな状況の自分も関係なく、自分には、それが真実のようにきこえます。

真実だから。

でも、だからといって、それに当てはまらない自分を責めたり否定したりするのに使うのはやめましょう。

いくら真実とはいえ、ひとりひとりの状況は違うから。

その時々の自分に必要な言葉を自分にとっての励みにして、たくましく生きていきましょう(笑)


その時の状況にぴったりな言葉を使っていって、自分の成長に合わせて、何度でも選びなおしていけばいいのです。
変化してもいい。
というか、変化するもの。変わらないものなどないから。

どの状況のあなたにとっても、真実は、いつでも真実です。

同じ言葉でも、ある状況下での自分と別の状況下での自分では、違って聞こえることもあるでしょう。

受け取れる時と、受け取れない時がある。

でも、受け取れない自分に問題があるのではなく、その時向き合っていることのために、受け取らない方がいい場合もあって、

そのように

「魂の成長」は大切に大切に護られている。


最善のタイミングで、必要なことは受け取れるようになっている。




posted by Kaoru at 10:54| Comment(0) | コトダマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

先には必ず光が

自分がどんなに「重荷」を背負っているように感じても

そこには、ちゃんと「耐性」も備わっていて

その人ゆえの「問題」と「底力」はセットになっている。


目の前にいろんな困難がくると、不安になったり、恐怖すら感じることもあるかもしれないけれど

大丈夫なようになっているもの。

向き合わなくてはいけないことは、有無を言わさず向き合わなくてはいけなくて、
迷ったり悩んだりする余地があるということは、自分にとってはそんなに大きな問題ではないのかもしれない。
「どっちを選んでも大丈夫」的な。
多分、結果にそんなに大差はないんだ。

選択の先を決めるのは、自分の波動(在り方)。

自分の波動さえしっかりと上がっていれば、何を選択しても、どんなに迷ったり考えたりしても、最善のところに置かれるようになっているのだと思う。

だから、いつでも、自分の目の前に現れたことに対して、現れた時に踏ん張ればいいのであって、その、いざというとき以外は自分が思ったように生きていいんだ。


自分にふりかかることは、「自分」だからこそ、乗り越えられる。

あなたには、それだけの力が授けられている。


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2016年02月04日

新世界

魚座は、12サインの中でいちばん最後のサインで、その次の牡羊座からまったくの新しい無からの挑戦ができるように、すべてのサインでの経験をいったん無に帰して幕をひくという役割を持っているのだそうです。


からっぽになっているとき。

何だか虚無感があるとき。

迷子になっているように心許ないとき。


あなたは、生まれ変わろうとしているのかもしれない。

まったく新しい世界が、目の前まで来ているのかもしれない。




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2016年02月03日

気にしない

多少のことは気にしない、いい方に解釈するようにしていると、
それを証明してくれるようなことが実際に起こってくる。

たとえば、

「自分の目の前で、扉がガツンと閉まる」といった「事実・現実」を、

扉を強く閉めた人に対して、「感じ悪〜い💢」と思うか、「何かの弾みで閉まっちゃったんだろう」と思っているのでは、気分も波動も現実も変わってきます。

嫌な気分で居続けて、そういう現実をつくるか、
気にせず流して(そして、できるなら、良い気分で居続けて)、そういう現実をつくるか

それでも、気にしないか、良い方に信じ続けるを続けていると、
まるで、その努力をサポート(肯定・応援)してくれるかのように、疑い深くなっている自分に「そうではないよ」と証明してくれるようなことが起こる。

たとえば、上記の話であれば、その後、「あれ? ここのドア、閉めておくんだったっけ?」と誰かが悪意なく言葉に出してくれて、ドアを閉めた本人が、「あ、ゴメンゴメン、通った時に、当たっちゃって閉まったかな? 開けといて」なんて、会話を聞かされたり。

「な〜んだ、やっぱり誤解か💨」
というような・・・


信じたように、なっていく。


初めは、何度も何度も試されるようなことが起こって、その度に落ち込んだり、嫌な気分になったりすることもあるかもしれないけれど、でも、それでも、いい方に信じ続けていると、だんだん周りがクリアになっていくのを感じられると思います。

そして、そのようになっていく。
それを証明してくれるようなことが実際に起こってくるようになる。

その兆し(サイン)をキャッチできるようになったら、どんどん見えてくるものがある。

逆のこと(自分が嫌だと思うこと)は気にしない。
(それでもどうしても気になって仕方ない、気になり続ける、という場合は、そこに同時に突破口があったりするので、気にする、ってことをやりきってみるのも一つの方法です)

そうすると、やはり、自分がフォーカスしないものは、自分の世界からどんどんなくなっていく。

そうやって、自分の世界は自分で創ることができる。

気にしない=それでも、信じ続ける

そうしていると、見えてくる世界があります。


posted by Kaoru at 08:28| Comment(0) | コトダマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月26日

八方塞がりからの抜け道

厚切りジェイソンさんの経歴・芸人になるまでを知りました。

トントン拍子で来ていると思いきや、ピン芸人になるまでには、コンビを組んでは解消の繰返し、日本の笑いを理解していないあなたなど、嫌いだと言われたこともあったのだとか。

扱いの難しさを嫌われ、誰もがコンビを組んでくれない・・・

ピンチです。

しかし、そこでピン芸人になることを決めます。

そして、あの芸が完成。

もしも、コンビを組んでくれる人がいたら・・・
普通にボケとツッコミで芸をしていたら・・・
あの独特の外国人視点の芸は生まれたのでしょうか?

相方がいる以上は、すべてを自分の好きにやる、とはいかなかったのでは・・・
(ネタを考えるにもいろんなスタイルがあるのでしょうが)

組んでくれる人がいない

これ、「芸人はコンビを組んでやるもの」と思い込んでいたら、相手がいつまでもいないって、どれだけのプレッシャーでしょう(断られ続けて嫌いって言われて💦 落ち込みますよね(T_T)💦)。

「あなたはピン芸人になれるんだよ」という何かしらの意志があるのなら、「相方が決まらない」のは自分にとってはむしろ最善の道、当然の結果。

一見、うまくいってないようで、実は魂の意図通り。ってね。


人生、うまくいってないとき。
何だか閉塞感(壁)があるとき。

何をやっても満たされないとき。

道は、他にもあるのかもしれない。

八方塞がり。
そんなときに自分を救ってくれるのは、「ポジティブ思考」。

八方が、塞がっているってことは、まだ見つかっていない、ただひとつの道がどこかにあるということ。

追い詰められているときほど、苦しいときほど、「これしかない」って抜け道が、どこかにある。

そんなときのヒラメキ・直感は大切にしてください。
魂からの声かも。

あるいは、「ポジティブ思考」が導いてくれるかも。


ポジティブっていうのは、根源(大いなる何か)に近い波動を持っているんです。
だから、繋がりやすくなる(シンクロが起こりやすくなる)。

その状態が自分の中でかたまれば、多少の「ネガティブ」も跳ね返してしまう。

どんなに不利な状況に思えても、ポジティブ思考でいる努力さえすれば、抜け道は不思議に見えてくる。
現れるようになっているんです。

不利な状況に対して、どうこうしようとしなくていい。
ただ、ポジティブ思考でいればいい。
そして、ひらめいたら、行動する。

八方塞がりには、たったひとつ、抜け道への扉がどこかにある。
絶対ある。

これしかないって道が、ある。

ある意味、それしかないから、迷わなくていいよね(*^_^*)


どんな状況でも、最善の道は拓いている。


「今日の私、この状況、ありがとう」

そして、出口までの距離をつめていくところから、始まる。

抜けたときには、必要ないものは離れ、必要なものだけが残り、新しい自分になっている。




posted by Kaoru at 09:21| Comment(0) | コトダマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする