2020年07月19日

虚無は いつかあたたまる

自分が感じることは


必ずしも
他の人が感じているとも限らなくて


多くの場合

わからないことが多くて。


私の場合

「真にわかり合える人などいないんだ」と諦めた方が楽になれました。


寂しいことだと人は言うけれど


全くわかり合えないことなどなくて


時々
共鳴できることもあるし


心があたたまることもある。

けれど
どうにも
混ざり合わない何かが
ずっと消えなくて


それが
あるかぎりは

「孤独感」もなくならない。



ただ

「わかってくれない」
「どうしてわからないの」
「わかってよ」と

思ってるときの方が苦しかった。


求めても手に入らないから。



若かった
未熟だったな

と思います。


でも

未熟な私には
どうすることもできず。



どうしようもなく
自分を苦しめてきた「ブラックホール」は


成熟すれば

大きな力(カリスマ性)を発揮する源となる。



「諦める」は
「受け入れる」に通じるところもあって。


諦めることは

惨めさや
悔しさ
悲しさ
寂しさ

などを呼び起こしたりしますが


時がくれば
また
新しく動けるようになる。



埋まらない何か




それでも
一生
手を繋いで歩くと決めて

自分が寄り添うと


少しはましに思えるのです。


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posted by Kaoru at 20:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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