2019年05月23日

足元から崩れる

過去

築いても
築いても

その世界が
足元から崩れて
闇に還る

そんなイメージがつきまとっていたことがありました。

それは
今にしてみれば
私のつかんでいたものが
フワフワした夢のようなものだったから
なのだけど

その時の私には
つかんだものが
リアルに感じられていました。


最近
また

似たような感覚がやってきて


どんなに
支えようとしても

しっかり留めようと思っても


何だか
消えていく

どこかへ

雲散霧消してしまう。


拠り所がないような

確かさが感じられないような


自分自身の存在さえあやうい。


これは
かなり観念的なものなのだけど
けっこう心に負担がかかることですね。


もしも
このような感覚を感じておられる方がいるのならば


「手放す」ことや
「もやもやすること」
「確かさがない感じ」を怖がらずに


これから霧が晴れて

自分にとってもっとも大切なものを
掴めるチャンスが来ているのだと信じてみてほしいと思います。


そうやって
空をつかんで
夢だったと気づくのは

確かに
がっかりするし
虚しさも感じる。

けれど
リアルな望みをつかみにいくチャンスでもあるのです。


さあ

ホンモノはどれだ?


探さなくては。


幻に惑わされずに
また新たに。

これまでのものを手放して。


何をつかんでも

空(くう)にしかならないそれは

ただひとつの「リアル」が
どこかにあると

示しているようにも思える。


“つかみどころのなさ”は

感覚を繊細にして


ただひとつの真実をつかめ


そのようにささやいている気がする。


つかんだと思った「それ」も
またなくなるのかもしれないけれど。

なくなるのは
それを「ある」と信じこんでいたから。


じゃあ、
あえて逆から行ってみよう。

「そんなものなどない」と
否定したところから

始めてみよう。


それは
夢を諦めるのとは違う。

一見そのように見えても
逆説的には
その夢を守るために
存続させるために

できる選択。

一時手放しても
選択した現実の中で
力をつけて

足場のないところからではなく

しっかりと
現実の中から
自分の望むものをつかめるから。


望むもののために
今は力をつけるとき。
夢のために現実を創るとき。


信じよう
信じようとして

つかめなくても


どこかに必ず「真実」はあります。


それは
自分が思っていた姿とはちょっと違うのかもしれないけれど


それでも
今と向き合い
ギャップを見つめながらも

また崩れながらも

それでも

ひとつ輝いている自分にとっての「ホンモノ」に向かっているのだと
信じてください。

手探りでいるときは
不確かで耐えられない気持ちも浮かんでくると思いますが

焦って
何かをつかもうとしても
多分
それはつかめないのかも。


あなたは
それ以外では

多分満足できないと感じておられるのでは?


それを知っているから
これまでも
今も
これからも

信じていこうとするのではないでしょうか。



現実と幻の間。


そんなときには意識して
現実的に生きてみる。

現実に足をおろして
進んでいくしかない。

あえて
「夢を追う」感覚から離れて
現実的な方を選んでいく。

今は
その現実的な選択の連続が
夢を紡いでいく時間になっているから。

夢のためにつきつけられる現実。

「確かな手応え」の中に在りながら
それでも自分にとっての理想に近づこうとするとき
周りはそれに夢を見る。


自分にとっては
どこまでも現実であっても

周りには違う世界に見えているらしい。
夢のように思うらしい。



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posted by Kaoru at 09:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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