2018年11月26日

求めるのをやめると手に入る矛盾(笑)

本当に自分が何を求めているのかに気づくと

見当違いなところで「くれくれ」言わなくなります。

誰彼構わず「くれくれ」言わなくなります。

「気づく」と、心底納得して、自分が落ち着くからです。



そして、
何を得ていけばいいのかや、自分に必要なものがわかるからです。


子供のころ
大人びた子供で
(家庭の事情で親にあまり甘えられず)
子供らしくなかった私は

それで飢餓状態だったんだと気づき

子供時代からやりなおし(笑)

今、やっと学生くらいにまで追いつきましたが(笑)


過去
絶対的に「愛が足りない」と思いこんでいたので

「くれくれ」しか、
「求める」しかできなかったな・・・


でも
そう言えば言うほど

苦しかったな。


求めるものがもらえないので。

もらえなくてあたりまえだ、と今ならわかるのだけど

当時の私には死活問題でした💦



結局
同じように
「くれくれ」の人と繋がり
(そこで「共感」し合えるから、リアルに感じるのよね〜・・・(;´д`))

もっと苦しくなった(^_^;)


多分、相談する人を間違えると(笑)
説教が始まったり
ダメだしされたり・・・

で、悪化させることになるんだろうな・・・怖



あるとき
自分で自分を何とかするしかないと思って

そこからもまた長かった。


でも
自分が何を求めているのかがわかったら、

自分を満たす、という行動をとることもできたし

そんなころ
ポツポツと

独りじゃないんだよと
教えてくれる人が現れたりして

誰にも何も言っていないのに

自分で自分を
受け入れただけで


そんなことを
言ってくれる人が増えていきました。

ちゃんと、

自分の人生に現れるようになってる。


だから、大丈夫。


世間に育ててもらえるし
ちゃんと守られてる。

苦しいときには
救いの手も差し出される。

時には
過去の自分と全く同じような人が現れたりして
自分を客観視できて
あぁ〜・・・
これ、つきあってくれた人、大変だったな、ってわかったり。

あのとき、言われても言われてもわからなかったことが
今は、スーっとわかったり。

誰も現れなかった時期もあって
それを恨めしく思った時もあったけど

今にしてみれば
誰とも繋がらなくてよかったと思う。

結局わかってもらえずに(こちらの「わかって」の基準が厳しすぎて)
孤独感を深めるだけだったと思うから。



救い手が現れるかどうかの境目は

いじけてる(拗ねてる)か
いじけてない(拗ねてない)か

それだけかもしれないです・・・

いじけてる人には
どんな言葉も届かない。

それでも
何とかしたいと思ってる人には
ちゃんと届くようになってる。

そうかー、と、受け入れてくれるから。
(受け入れられなくても、黙って自分に合うものを探すから)



そんなふうにして

ちゃんと
周りに
現れてくれる。


そういう人が現れることで

こうすればいいのか、と教えてもらえる。

自分は、こんなとき、こうはしない、というケースも学ばせてもらえる(笑)


必要な時がきたら

ちゃんと教えてくれたり
救ってくれたりする人が現れて

どうにかなるようになってるから


今を生きぬいて。



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posted by Kaoru at 18:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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