2018年06月26日

たから探しみたいに

人生の中で

どうしようもなく

鍛えられるときがあって


どのタイミングでそれが
現れるのかは、それぞれだけど


そんな時は


なぜか

どことも誰とも繋がらなくて


周りからの言葉にも

反発して
反抗して

受け入れられずに


孤独になるときがある。


そんなときには

どんな言葉も救いにはならなくて




でも
そんなときほど
魂は磨かれて


魂が
味わいたい

孤独や
悲しみや
不安や
恐れがあって


そのために
自分で癒しの言葉を
反発や不快感、違和感などで
排除していることがある。


それは

純粋に
自分の感情、感覚、思考を

味わいきって
課題を完了させなさいという
天からの思し召し。


あなたにとっての真実(こたえ)がある(出る)ということに
他ならず

自分に乗り越えられる力があるということに他ならない。


渦中にいるときは

苦しいと感じたり
つらいと感じたり
もだえるほどに
フラストレーションを抱えているように
思えるかもしれないけれど


自分の人生なので
受け容れるほかなく


どことも繋がらないときは
自分で考える(なんとかする)ほかなく


それでも
「自分で引き受ける」と決めると
自分は変わる。

状況も
あとからついてくるように変わってくる。


反対側の体験を
根こそぎ
ひっさげて

それを光に変えるんだ。

自分を救うんだ。



洞窟の中は

見えないから怖い。

不安になる。


中に飛び込んで
あかりを照らしながら確認して
自分で地図をつくり
知り尽くしてしまえば
気が済む。

穴は穴として
そこにあっても
気にならなくなる。

知りきっていないから
気になり続ける。

“なぜだか気になる”ときは
見つけるチャンス。

ザワつく感情が教えてくれている。

そこにある、と。

本当は自分は何を感じているのか
本当に求めているのはなんなのか



なぜ、
こんなにも気になり続けるのか。


課題を完了させよう。

新しく自分で書き換えてもいい。


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posted by Kaoru at 12:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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