2018年01月29日

「ひとつ」という感覚

雪道ではまって

何とか脱出しようと

タイヤ周りの雪をどけていると


ひとり
またひとりと

助けてくれる人が現れて


無事動けた


雪国ではよくある光景です。



君の名は。

いや、名乗るほどでも。


お礼をしようと名前を聞いても

困ったときはお互いさま!


サーっと去る人が多い。

そんな話をよく聞きます。

みんな、優しいなぁ。


完全に
通りすがりの
無償の行為です。


助けてくれる人は

困っているときの
つらさを
よくわかっていて

その大変さをわかっているから

そして
助けられたときの
ありがたさを
見に染みてわかっているから

自分の時間を見ず知らずの人のために
あてることができる。

このように

自分の体験と痛みが

相手の体験と痛みに重なったとき

行動できること

これは

この世界での
「ひとつ」という体験に他ならないのではないか


・・・と思うのです。
(私の目から見た、勝手な感じ方です 笑。もちろん、別な見方もあると思います)

相手のためにしているようでいて
実は自分自身を救っているのと同じこと

あのとき、困っていた、自分を。


心を寄せること
共感すること

心が動いて

そして行動すること


行動した瞬間に
はじめて「つながり」ができる

つまり「ひとつ」になる。


この世界では
そうやって
表現できる。
(他にもいっぱいある)


「ひとつ」だったときの
安心感を思い出す感じ。


心があったまるって

「ひとつ」を思い出すことなのかもしれない。

だから、あったかくなるのかもしれない。


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posted by Kaoru at 09:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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