2018年01月18日

証明できなくても事実は語る

自分で思っているより


自分の身体は繊細で

いろんなことを教えてくれているのかもしれない。



治そう

健康を維持しよう


・・・としなくても(それを楽しめるのならば、してもいいけれど)


自分がやるべきことをやっていれば
(魂が喜ぶことをしていれば)
(向き合うべき課題と向き合っていれば)
(やると決めてきたことをやっていれば)
(本来の自分であれば)
(などなど、状況はそれぞれにあり)


身体は勝手に
健康であろうとする

ちゃんとバランスする。


魂が目的を果たせるように。


生きて
今ここにいる

ということは


生かされているということは


まだ
何か
したいことがあるんだ。


ここで。

自分が生まれた環境で。



生まれ持った自分で。




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核心(本質)に近い部分では

より強いメッセージが
サインが
お知らせが
導き
促し

そして
サポートが入る

近づけば近づくほど
強くなるからわかる


遠くても
導きは感じるけれど


そういうのとは
またちょっと違って


説明しきれないこと
証明できないこと
目に見えないことを通して

知らされることがある。


これは
考えていても
悩んでいても
わからないことで


やってみて
反応を見てみて
ああ、そうか


とわかることもあって


それでも
はっきりと「そうだ」と確信を持っているわけではないけれど

「問題」だったと感じていたことが
なんでか解消したり

行動を起こした瞬間
急に道が開ける感じで

空間全体を使って
知ることができる
(ほんとに、すべては繋がっていると感じられるような・・・)

空間全体が
大きな羅針盤・・・?




posted by Kaoru at 08:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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