2017年12月07日

隠そうとしても出ちゃうものは、いっそ発揮してみない?

自分の中にないものを求めたり
自分の中にあるものを否定したりすることは

魂にとって不自然なことで

どんなに憧れても
設計図にないものは扱いきれないし

どんなに
自分でそれを好きになれなくても

自分が持っているものは

使わないでいると

自分らしくなくなってしまう。
(魅力までもが消えてしまう)

「持っているもの(もともと授かっているもの)」
それを持っている自分だけが使えるエネルギーなのに


すぐ怒る
というものを持っている場合

すぐ怒るのがその人らしくて

何にでもプリプリ怒っていても
それがかわいく見えたりする(笑)

わざと辛辣なことを言う
というものを持っている場合

辛辣なことを言っても
バッサリ斬るのを見て
言えない者からすれば、時にそれがかっこよく見えたり
スカッとすることだったりする。

で、なぜか許されちゃう。


「よくないこと」と決めつけて
それを抑えてしまうのは

過去のどこかで

怒られたり
バッサリ斬られたりした人に
(多分、当の本人は、怒ったつもりも、バッサリ斬ったつもりもないのでは?)

過剰に反応されて

いけないことだと
思ってしまったから。

ただ
巻き込まれただけなんだけど(笑)


いつでも
巻き込もうとする人はいるからね


上手に
その反応から
離れていればいいのだけれどね。



ちょっと
扱いにくいものを持っている場合は

そのエネルギーを
扱える自分になるまで
時間がかかることもありますが

たとえば
剣術に
熟達するまで
自らその刃でキズをつくることもあるように

自分が持っているもので自分が傷つくことも
あったりする。

しかし
ひとたび
上手に扱えるようになってしまえば

むやみやたらに
使おうとしたり
傷つけたり
することなく

適切に使えるようになる


・・・といったように

むしろ
それを持ち味(個性)にできてしまう。

そして
それは歓迎されるようになっている。

必要としてくれる人に。


少なくとも

「わかる」人は
ちゃんと認めてくれるから


自然体の自分でいられる。


そういう心地いい関係性を築けばいいだけで。



わかってくれる人はいる。

そう思って
世の中を見つめているだけで


どんどん
見つかるよ(*^_^*)


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posted by Kaoru at 12:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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