2016年11月07日

いのちを与えるのは自分

体験したこと
起きてしまったことに

意味や意義を与えるのは自分です。
(与えなくてもいいけれど、起きてしまったことにとらわれて心が苦しんでいるのならば、自分の心が健康を保てるような意味を与えてあげてもいい)


楽しいことも喜ばしいことも
悲しいこともつらいことにも

難しいのは
「つらかったこと」に意味付けすること

なぜ?
どうして?
こんなめに遭ったの?
どうすればよかったの?

それしか考えられない。

このことには意味がある
と考えること自体が既に苦しい
(なぜなら、受け入れることにつながるし、けれど、絶対に受け入れたくないから)

これは
自分の中で
薄れてしまうまでは
向き合えない

ただ酷い目に遭った場合は
切り捨てるのも簡単だけど


大切な人を亡くした
というときは

薄れさせることさえもできない


悲しみも痛みもすべて
一生持っている(忘れない)と決めた方が心が楽という人もいれば

やっぱりいつかは忘れていられるようになった方がいい
という人もいる。

どんな結果を出してもいいけれど

誰かに言われて傷ついたままでいたり

誰かに言われたから
自分の自然な心の変化を受け入れられないと
抵抗したり苦しんだりしないで


充分に
「自分はこういう人間だ」と知った上で
「周りはこう反応することもある」と知った上で

それでも
私はこう言う(こうする・このように生きる)


それでいい。


ムリヤリ答えを出さなくてもいいけれど

「乗り越える」方に
思考を関連づけてあげると

心が楽になることもある。

それは
それぞれに「答え」があるので

他と同じである必要などない



私は。
起こってしまったことは教訓として
時に希望に変えて
自分の中で決して死なせはしない



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すすきの光がキレイ。




posted by Kaoru at 09:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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