2016年10月02日

見えないところでなされていること

ご馳走

とは

本来、「走り回ること」「奔走すること」を意味するのだと、小学生のころ、先生が言ってたことを思い出しました。

昔は、お客様の食事を用意するために馬を走らせ、食材を集めたことから「馳走」が用いられ、
自ら狩りをしたり収穫したりして、言葉通り、客人のために走り回って食事の用意をするところから、おもてなしの意味が含まれるようになったのだそうです。

食べものが自分の口に届くまでに関わったすべての人たち、素材そのもののいのち、いろいろと大変な思いをして食事を準備してくれた方への感謝を込めて「様」がつき、食事のあとに「ご馳走さまでした」と挨拶するようになったのだそうです。


目に見えないものは
こうして吹き込まれる。

食事が
ただ、胃を満たすためだけのものではなく

ハートも満たしてくれるのは

そこに愛があるから。
見えない心(努力・労力)があるから。


波動の高いものは
それだけで人生を円滑にしてくれる。

それに気づく人が増えています。
だから、ますますそこにエネルギーが集まるようになる。
ごまかしが効かなくなるのです。

だからこそ、「自分がどう在るのか」が大切になってくる。

誰かがどうだ、あの人がこうだ、と言ってる暇なんかない(笑)

どうしたら、目の前の人が喜んでくれるだろう?
この人は、どんなことに興味があって、何が好きなんだろう?

やれることはたくさんある。

お茶席では、それがよぉくわかって。
客人のために用意された空間。
口にするもの、設え。
そして、それに応える感受性も必要で。

言葉なき対話がなされる場所。
おもてなしを、身体で、心で感じる場所。
ものを通して、相手の心を感じる場所。
空間が完成されるまでの心遣いに思いを馳せ、
それをありがたく受けとるところ。



目に見えてわかる準備も
見えないところでなされる準備

人の心をあたたかくする。

いや、むしろ、見えないところでなされていることにこそ、真価があるのかもしれない。
それは、気づかれなくてもいいものでもある。
(な〜んて、これは私のカッコつけだけど 笑)


あなたが、心をこめてできることは何ですか?




posted by Kaoru at 08:56| Comment(0) | エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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