2016年09月03日

悲しい心の循環(現実化)

あなたに嫌なことを言い
見下している人は(何だか絡んでくる人は)

あなたに自分の「できていない部分」を重ねている

そして同時に自分を非難している

他者を非難しているようで
実は自分のそういう部分を嫌っている

自分を認められずに苦しんでいる


自分のそういう部分を
他者の中に見つけて
非難することで
「自分はそうではない」と確認して安心しているだけのこと

でも自分が嫌う要素は自分の中にある
だからそのループから抜け出せない

自分にそういう部分がなければ
相手のその部分に苦しむことはない
「反応する要素がない」から


自分のいいところもそうでないところも
受け入れているから
他者のことは他者のこと
自分のことは自分のこと

キレイに線引きができている。

だから刺激される要素がない。


嫌なことを言う人に
振り回されることなどない。
反応して
相手に力を与えなくてもいい。


苦しんでいる人は
それを自分の中に認められない

だから
他者の中に見つけて弾劾して
自分はそうではないと安心している


本当の強さとは
自分を弱いと認められることだと
誰かが言った。


弱いと認めたときから
本当の自分が始まる。

でもそれはとても勇気が要る。

とても痛いし辛い。
これまで必死に見ないようにしてきたことだから
隠してきたことだから
認めるのはつらい。

「こうすれば愛される」とどこかで信じて本当の自分を隠して生きてきたから
それを手放すのは「愛されない」と同じことだから
怖くてなかなか生き方を改められない。

だから報われない。


どうしても誰かに何かを言わずにいられない人は
自分自身が苦しんでいる

自分が認められなかったから(愛されなかったと思い込んでいるから)
そのことに苦しんでいる

だから他者の中にそれを見つけて
非難してなかったことにしている

そんな悲しいループ


あなたは誰に認めてほしかったの?
誰に見ててほしかったの?
誰に抱きしめてもらいたかったの?

どこかで

自分を満たしてあげないとね

自分を満たすには、まず、自分が空っぽだった(弱かった)って認めるところから始めて
(等身大の自分を知るということ。でないと、どれくらい満たせばいいのかがわからない)
ゆっくり成長していく自分を見守る時間が必要なんです。

何が自分に欠けているのかを見つけてあげないとね

そして
欠けていたのだとしても
それを受け入れて愛してあげないとね

「自分はありのままで完璧」
その言葉は本当。

でも、それは、自分の弱さも欠けているということも
まるごと今の自分をそのまま認めて
受け入れて本当の自分を生きるようになって
適切な努力をするようになって
だいぶ楽に生きられるようになったころ
「そのままで完璧」だったと気づくこと。
(その頃には何もしなくていい・すべては後からついてくるの段階になっているけど)

そのままで完璧=何もしなくていい
ではなくて(その段階もあるけれど)
そこに至るまでに
通らなければならない道がある。

いきなり屋根を作っても家が建たないのと同じで

土台から積み上げて行く工程は大切。

土台からしっかり積み上げてきた人が屋根から見た景色を
そして、その経過を素晴らしい言葉で語っているけれど

まだ土台を作っている段階でどれだけ
屋根からの景色を素晴らしいと思っても
それを真似しようとしても

いきなりそこに屋根は作れない。

土台を作っているときには土台作りに適切なこと、
構造材を組み立てているときにはその時に適切なこと、
床や壁を作っているときにはその時に適切なこと、
そして、屋根には屋根の適切なこと。

こうして一軒の家が建つように
自分の成長段階にも順番がある。
その時々で必要なことがある。
できあがってはじめて
そこに快適な生活があらわれる。

はやく素敵な家に住みたいからと言って、
それをすっとばそうとしても
うまくいかない。

柱が欠けたままで
家は建たない。

焦らずに、それを探していこう。
何だか住み心地がよくない、と感じているのならば、
何がどの部分が足りないのか、感じてみよう。

何を欲しているのか。

望んでいるのか。

何に苦しんでいるのか。

自分の中に
それはある。

誰かや何かのせいにしていたのならば
自分がなぜ
そんなに外側(特定の誰かや何か)に反応するのかを見てみるとおもしろい気づきがあったりする。




素敵だなと思う人も
そうでない人も

そう大して変わらない。

ただ、自分を受け入れているか、いないかだけ

自分が満たされているか
いないかだけ

そのままの自分を受け入れられているか
いないかだけ

安心して。
自分が思うより
人は優しい。

本当の自分を知ったからって
それで嫌いになったりしない。

「こうしなければ愛されない」
本当にそうか?

それは特定の誰かだけで、
他の人はそうではないかもしれない。

(離れる人がいるなら、それまでの人)


本当の自分でいる人は
無理をしない。
リラックスできている。
嫌われないと知っている。

だから、一緒にいて疲れない。

変な緊張感がないし
変に押しつけられたり、恩を着せられたり
勝手に期待されたり、勝手に怒られたり
変に頑張られたり、逆恨みされたり、妬まれたり、嫌みを言われたり
無言で文句を言われたり、圧をかけられたりしない。


あなたが本当に素敵だと思う人は
あなたの本質を見ていてくれる人なはずだから。

そんなことで離れたりしない。

あなたに惹かれるのだとすれば、
見た目や経歴やキャリアなどではなく

あなたの人柄だから。

人柄には
これまでの自分の生き方が全部映し出される。

それはわかる人にはわかる。
見える人には見える。
そして、ちゃんと、惹かれ合うようになっている。

むしろ、それが固有の周波数を放っていて
お互いを見つけるためのサインになっている。



私って、こんなんだったんだ・・・

気づいたことがあったとして。
これが欠けているって、感じたとして。
埋めようとしなくてもいい。

ただ、気づくだけでいい。

気づけばその時にはもう
ほとんど同時に埋まっているから。




posted by Kaoru at 08:51| Comment(0) | エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: