2015年06月15日

ニュートラルに

感情がザワつくとき

一瞬でニュートラルな状態に戻せる言葉があります。

私は、その言葉で随分バランスがとれるようになりました。

で、いろんな「手放し」や「開放」や「許す」テクニックがあるけれど、これら全部、このひとつの概念に集約できる。と、思いました。

その言葉とは・・・

「誰もが、地球に学びに来ている仲間」

それには

「それぞれの体験や学びは違う」
という前提があり

「体験が違えば、思考も違い、必要とする現実・感情も違う」
ということでもあり

だから、「人と比べても意味がない」
ということに、気づき

「ひとりひとり違うんだ」とわかっているから
“境界線”を持つことができ
“違い”を許すこともできる

そして、「優劣」からも解放される。

だって、誰もが未完成であるという意味において“完璧”だから。

だから、今、ここにいる

でなければ、ここにいる(わざわざ生まれてくる)必要ないよね。

で。

みんながそうだと気づいたら

誰もがいとおしく思えてくる。

共に志を持つ、仲間だから。

それを、今、この現実の中で、笑ったり泣いたり悩んだり苦しんだりして、必死で生きているから。

いろんな感情を味わえばいいよ。

自分にあることが起きた、それが総て。

だからその時、それと向き合えばいい。

ただ受け入れてもいいし、それが嫌ならあがいてみてもいい。

自分に起きたということはその状態が自分に許されているということ。

だから、思いっきり味わうといい。
そうすれば、自然に次の道が見えてくる(自然にやりたい何かが浮かんでくる)。

可能なら、その感情とひとつになりきるのではなく、そういう自分がいるなぁ、と観察してみる。
今は、これを体験したがっているんだなぁ、と、その体験をさせてあげる。
そして後はそれに固執しないこと。
(言い方を変えると、一度体験や感情とひとつになってから、離れて・俯瞰して、後は忘れる・委ねる)

そして、できるだけ干渉せず、その人(ことやもの)の自然な流れに任せる。
すると、それらは自分らしく(それそのものらしく)存在できるようになる。

そのもの自身のエネルギーによって、自然に落ち着くところに落ち着く。

対象が人なら、放っといたら、自分でやるようになった、的な。


どんな存在も、今、この宇宙を構成するには必要な存在で、それぞれに必要なお役目を果たしている。

引きこもって、何にもしないで、ただ息をしているだけですけど・・・?

って場合でも。
(それでもいいの?って思うってことは、それを気にしてるってことは、それが「良くない」って前提)
不思議に、いいとか良くないとか気にするのをやめると、途端にそのものの持つエネルギーは輝き始める。
そういうこちらの勝手な判断(決めつけ)が、本来の姿を保てなくしているんです。

あらゆる存在には、もともとのエネルギーがある。

何でも、自分で決めた観念に押し込もうとするから、流れがおかしくなる。

心に余計なものをくっつけなければ、自然に流れていく。

いつまで、それを握りしめていますか?


posted by Kaoru at 12:49| Comment(0) | エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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