2016年02月24日

問題に「大問題」と名前をつけない

必要以上に問題視しないこと

そのためにできること

・最善のタイミング・形で解決すると信じること(実際、解決するし)

・それが待てないという人は、この問題にはどんな「学び」が託されているのだろう?と考えてみる。「これかな? きっと、これだ」と魂が納得してくれるのなら、それが答え。
(この時、深追いしないこと。すぐには答えが出ないものもたくさんあるし、後でわかることも往々にしてあるし、必要なときに、「これだったんだ!」とわかるときがくるから)
➡答えと思われるものに出会ったとき、気分がスッとしたり、深い納得があれば、ほぼそれが答えでしょう。
更に、涙が出たり、喜びがあふれてきたり、感動・感謝に近い感情があふれてくるなら、間違いなくそれが答え。

・それでも「わからない💢」という場合は、思いつくことを、何でもやってみる。
(このとき、明らかに「結果」を求めないこと。劇的な変化、解答を期待しないこと)
「わからない」にはワケがあって、他者と関わることで得られるものがあったりするのかもしれないから。

動いているうちに、気がついたら、解決していた・・・なんてこともけっこうあるものです。

自分にとっての「問題」とは

魂の学びのために“自分がそれを重要視している状態”であり
“自分の本来の価値”に気づくために何かと比較したり、必要以上に落ち込んでみたりと、幸福とは反対の体験をしている状態であり・・・

だから「気づく」、それだけで問題は次々と消えていったりする。
(自分が必要以上にそれを問題視しなくなる)

そして、次々と問題がやってきても、
ただそれらをそのまま受け止めて

やはり最善の結果で落ち着く、自分は何かを学び、気づきや何か素晴らしいものを受け取っているはず

と信じられるから“宝探し”の方にフォーカスしている状態になり、問題は“問題”ではなくなる

今、ちょっと、目の前にある、山とか壁のように見えるだけ。

ギフトが見つけられるようになると、それまでは「大きな問題だった」辛いこと、苦しいことが、何だか冒険やチャレンジのように思えてくる。

どうやってクリアしてやろうかな〜

というような・・・

思い付かなければ、とりあえず、今できることをやる。

「旅行したい」と思っているのであれば、とりあえず、費用を貯める、ルートを調べる、宿泊先を調べる、周辺の状況を調べる・・・

やることはたくさんあります(*^_^*)

それをやっている中で、良い流れに出会ったり、不思議なご縁を感じられたり・・・

思いもよらぬことが起こったり。


それ(プロセス)を楽しめるようになったころ、

あなたが望む「何でか知らないけど、いいものが集まってくる」状態になっていると気づく


何もない中、それでもあるもの(その時の自分に無理なくできること)をさしだす。

その豊かな心が、真の豊かさを呼ぶのです。

相手に求めてその思いの中に当てはめようとするのではなく、相手を認めて受け入れそのままを、愛する。

そのあと、自分が求める相手からの思いを受け取れる(あるいは望んでいた状態になる)

それが、難しいなら初めはすべて捨てるつもりで差し出してみる。

期待するのはやめて、やれることをやり始める。

続けていると変わってきます。

それは自分のことだけを、やっているように見えて、実は「相手の善なる部分を信じる」ということでもあります。
善なる部分は、必ず出てくるようになっています。

すべての人は、もともとの本質が「善」だからです。

相手の自然な流れに任せると、それが出てきやすいのです。

コントロールしようとしないこと。


自分の理想をおしつけないこと。
(自分の思う形をおしつけるのは、時に相手を否定していることと同じだと知っていること)

そうすれば、相手の自然な姿が見えるようになってくる。

それは自分の思う形とは違うかもしれないけれど
思わぬ化学反応を見せてくれるかも。

その上で、相手と一緒にいることを選択するかどうか(言いたいことがあれば言うかどうか)は自分次第。

いろんな人がいる。

人生を共にしたいと思えるか?
一緒に仕事をしたいと思うのか?
友達がいいと思うのか?

「関係性」も決められる。

いきなり決めなくても、知り合ううちに自然に答えは出るかもしれない。

たくさんの人と関わってみるのがいい。

他者に教えてもらえることは、たくさんあるから。


あふれるものがあれば、ご縁は必ず生じるから。



posted by Kaoru at 15:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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