2015年05月21日

観察者

学生の頃、倫理の時間に、先生が、

「この世界は、見るものが意識を向けるまでは何も存在しない」

つまり、たとえぱ、「ポット」は、見るものが「ポットだ」と思って見る(意識を向ける)から、そこにポットが現れる。

それまでは、もやっとしたあやふやな空間があるだけ


・・・みたいなことを言ってたことがありました。
(多分、こんな内容のこと。)

ふ〜ん。

と、思いましたが、何となく印象に残っていました。
おもしろいなぁ、と思って。

今思えば、それは

「観測者の意図した通りに、現実(観測結果)は展開する」

と同じことではないか。


宇宙全体が「存在」していることが、「大きな何か」が「見ていてくれるから(ある意図を持って)」なのだとしたら・・・

私たちひとりひとりも、見ていてくれるものがあるから存在できていることになる。

世界がこのように完璧に循環している「意図」を持っているのだから、私達ひとりひとりの人生も完璧に観測されていないわけはない。と思う。


そして、花一輪がこんなに美しいのも、生命が完璧にデザインされているのも、

自然に授けられたもの、生命がはらんでいるものを見れば、

私たちひとりひとりの人生も完璧につくられていないわけがないと信じられる。



私たちは、完璧に調和できる。

そのままで、美しく関わることができる。



自然を、宇宙を、生命のひとつひとつを見れば、わかる。



posted by Kaoru at 19:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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