2015年05月26日

届いている真理・真実

仏は本当に救ってくれると信じていますか?
どんなにお願いしても救われないことってあるし、どんなに信じようとしてもアレ?って思うこともあるはず


の問いに。


「救いとは何か?」

仏は
自分の足で歩かない限り助けてくれない

仏は

苦しみを拭い去ることはしない

苦しみをとりのぞきもしない

手を引っ張って悟りに導きもしない

あなたの苦しみに同情もしない

ただただ真実を説くだけ


真理・真実を説きますから、あなたは自分で考えなさい。

仏は
自分の足で歩けるかどうかを観ている


先日のテレビ番組、『ぶっちゃけ寺』で、こんなシーンがありました。
(おもしろい時代になりましたね 笑)




信じる・信じないではなく
救われる・救ってくれないでもなく

絶対的な真実
ただ、それがあるのみ。

信じようと信じまいと

それを楽しもうと、それに反抗しようと

「真理・真実」はただ存在していて、
それは守られる必要も、拡大させることを必要ともせず、ただ輝いている。

侵すことなどできないくらいに輝いていて

「導きもせず
拭い去りもせず
取り除きもせず」

その絶対的な視線は

「無条件で信じている」ということでもあって

わたしたちは、ひとり残らず、どんな存在も、今ある世界すべてが「信じられて」いて

だから完璧に循環しているこの世界で
生きたいように生きることができて

時に苦痛や困難のヴェールをかぶり

真実から遠ざかったりもするけれど

それはより真実に近づくため・気づくための敢えての偏りで

それすらも真実の一部で
宇宙の計画のうちで

あまのじゃく的に反抗してみても、守られていて信じられていて

任されていて、いっさい干渉しない

こんな大きな愛があるだろうか。


絶対的にこちらの「在り方」をただそのまま見ている

見られている」ことによって成立している世界

干渉されないことで完成されている自由

自由と責任

どんなときも見守られている(信じられている)状態で自由に生きることを楽しむ

常に真実の光をふんだんに浴びながら

生きることを任せられた世界で

わたしたちは

自分のいのちを生きている。


気がつけば、

あなたにとっての真理・真実は、日々滝のようにあなたに届いている。


あなたは全身でその真実の光を浴びている


どんなときも。

独りぼっちだと感じているときでさえ。

苦しみ、困難のどん底にいたとしても。


干渉されないから、こんなに豊かに、すべてはこの世界に存在できる。


posted by Kaoru at 12:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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