2015年05月15日

自分が作り出している影

「いい」「悪い」が混在しているこの三次元で、

「いい」だけ欲しいなんて、よく考えたら欲張りな(偏った)話で(そもそも無理)、この、ほんの少しの「悪い」を受けとりたくないがために、大きな「いい」を捨てている(選択しない・受け取らない)なんて、ホント、もったいない話。

両方を、ありがたく頂戴する気持ちですべてを受け入れると、とたんに「豊かさ」が、なだれこんでくる。


そして、その「豊かさ」ゆえに、自分が恐れていた(嫌っていた)「悪い」の影が薄くなっていく(笑)

そしていずれ、「悪い」にもちゃんと恩恵があったのだと気づく。

「光と影の間のもの」が、影をつくっていたにすぎないのだと気づく。

そして、「間」そのものこそが愛(自分の魂が選択した生命)で、光を背に、影を見下ろしているに過ぎなくて・・・少し振り返ればすぐそこには確かに光があって。


自分の生命は、光と影を映すホログラム。


生物の先生が、葉っぱはなぜ緑色に見えるのかという説明をしていた時に、「透明人間はあり得ない」という話をしていたことがありました。

何かが「在る」のであれば、そこには光を反射するものが存在しているはずで、光を反射するものがないということはつまり、そこには何も存在していないからなのだと。


当時、ふうん、と聞き流していた割には、妙に記憶に残っていて。

今思えば、先生、すごい深いこといってたんだなぁと(笑)


おもしろいではありませんか。
他に見えているものは、自分が必要とはせず、はね返した光で、自分が必要として吸収した光は、他のものには見えない。

「自分」は、本当はすべての色でできている。

必要なものだけを選んで、「自分」を見せている。

魂の選択も、同じことかもしれない。
すべてでできている中から、より「自分らしい」体験を選び、表現している。
それを見てくれる人、見つけてくれる人、引きだしてくれる人。

学びのために、より厳しい条件を選んでくる魂。

協力し合う魂。

「自分」だけでは、「自分」が何者なのかも理解できない。

他のものが見てくれるから存在できる光。

映しだされる「自分」

他者に見るものは、はねかえってきた「自分」なのかもしれない。

「自分」とは何かを知るために。
偏ったバランスをとり戻すために。

自分の中心にいるために。

そして、至高の光を発する(幸せになる)ために。


posted by Kaoru at 16:13| Comment(0) | エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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