2015年02月11日

離れる

日常生活の中には、いろいろと感情を揺さぶってくれるものがたくさんあります。

それらに囚われて、

心配事がある時は不安なまま
怒っている時は怒りを感じたまま
苦しみの中にあっては辛いまま

その状態でい続けることが
「不幸」の原因です。

「望めば一瞬で幸せになれる」ということは、何か特別な技法によって、一瞬にして目の前から困難の種が消えてなくなるということではなく、

心配事、困難、辛苦、怒りが現れようとも、瞬時に心を入れ替えることができる状態をさします。
(無感情になれと言っているわけではないですよ。感情は、いろんなことを教えてくれますから。いろんなことを感じてもいいんです。ただ、あまりに辛いことが続く、逃れられない、と辛く感じているようならば、意識の変換を試してみてもいいのかも、という提案です)

現実に心配事、困難、辛苦、怒りがあっても、心がそれに囚われていなければ、それは「無い」と同じこと。
たとえ心配事などなくても、心配すれば、それは心配事があるのと同じこと。

そのように、思いを切り離せば、そこに存在できなくなった「原因」たちは、たちどころに消えてしまう。
逆に、なにもなくてもそこに心を置き留めれば、そこに現象は「現れてしまう」。

心を苦しめたくないのならば、気づいた時、あるいは意識して、心をからっぽにして、休ませてあげよう。

その時にこそ、流れ込んでくるエネルギーがある。
本来のちからが湧き上がってくる。


徐々に現実に変化を感じることでしょう。

日々、にこにこ。

さっと気持ちを切り替える。良い方へ信じる。

ここで大切なのは、物理的に、怒りや不安が消えてなくなるのが先ではないということです。
怒りや不安がなくなることはありません。そういうものもある世界がここですから。
どんなに好運な星の元に生まれたのだとしても、不運なことばかり考えていれば、運が悪いのと同じ。

しかし、「ない」と決めて、それに囚われないようにしていれば、次第になくなっていきます。
それは、「いいことしか起こらない」ということとは別物。
でも結果的には、心がポジティブしかとらえなくなるので、そういうことにはなりますが。

強い意志で、自分の人生に、自分にとっての「善きこと」を選択し続けるのです。
そのうち、オートマティックにそれが行われるようになります。
もう考えなくても、それができるようになり、できているようになっています(ひとつになっています)。


たとえどんなに不運だとしても、心がそこから離れていれば、その人生は「不運なものなどではない」のですよ


posted by Kaoru at 19:47| Comment(0) | エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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