2013年06月14日

しょうがいは決して壁ではない

以前アップした記事ですが
「調和」

過去自分に起こった辛いことは、他の方の辛い体験談を聴いたり、何かのきっかけでいつでも思い出せば容易に共鳴できます。

大きくても小さくても、「辛い」ものは「辛い」。
とりたててそのことを過大評価するつもりもないのですが、ふたたびしょうがいを乗り越えて自分の生き方を見つけて堂々と歩いているという姿を目にしたもので・・・

モデルが顔に大やけどを負ってなお、立ち上がる姿でした。
事件後は現実を受け入れられず、生きがいも希望も失い、死にたいとまで思うようになりました。
退院しても家にこもりきり、他者の目を恐れる日々。
その辛さ。どれほど彼女が苦しんだだろうと思うと胸が詰まります。
しかし、その暗黒の時を過ぎ、彼女は、ついに独りで外出できるようになろうと、外の世界へと歩き始めたのでした。
その試みは最初からうまくいったわけではありませんでしたが、徐々に、自信を取り戻していきました。

そして今、彼女は、自分と同じように顔に傷を負ってしまった人を支援するコミュニティ団体を運営しています。

「外見は変わってしまったけど、私の周りの人は変わらず私を愛してくれた。大切な絆があれば人はまた復活できることを学びました」
「あの体験が、私を深めてくれた」

整形手術を繰り返し、元の顔に近づいているとはいえ、やけどの跡は今も深く残っていました(おそらく、心にも)。でも、その辛い体験を乗り越えて、今堂々とそう言える彼女は、美しかった(ちなみに、お付き合いしている彼がいるそうで、彼も心の支えとなっていてくれるのだそうです)。

改めて、時に苦しい体験が魂を磨いてくれるのだと感じました。
自分が乗り越えてそれを気にせず、堂々としていれば、道は拓けるのだと。
他の人と何ら変わりのないもの、生活を手に入れることは可能なのだとexclamation
もしかしたら、それ以上のものを手に入れているのかもしれません。

しょうがいは決して壁になるものではありません。どんな可能性もさえぎるものではありません。
時にそれが自分の本来の道に、自分らしい生き方へとシフトさせてくれるものでさえあります。
それを超えて更に輝いている時、望んだものがあなたのそばにあった、ということもあるでしょう。
しょうがいがあるからと、自分の想いを諦める事はありません。

諦めないでください。

一時は辛いかもしれませんが、絶望の淵に思わぬ拾いものもあるものです。
「生きててよかった」と、思える日が必ず来ますから。


「人生は泣くか笑う。だったら笑おうじゃないか」
彼女のお父さんの言葉です。
泣くか笑うか、同じ生きるなら、少しでも多く笑っていた方がいい・・・
よく聞く言葉ですが、絶望している娘に笑顔でいてもらいたいと、おどけて見せるお父さんの口から出た言葉となると、少し違って聞こえてきます。それぞれに精いっぱいの自分のやり方で彼女を支えた家族の気持ちを想うと涙が出てきます。

いろんな「愛」の形も浮上してきます。

そこには、いろんな学びやたからものがあるのです。


posted by Kaoru at 11:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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