2013年06月13日

生まれ変わる

これまでに、何度か大きな病気や手術をしました。

弁置換(Bentall)手術の時、成功の確率は五分五分と言われました。

その時の手術の後、声が出なくなっていました。
それだけ体力を消耗したのだと感じました。
ただ手術台の上に寝ているだけなのに。一度心臓を止めるって(そして蘇生するって)、身体にとってはとても大変なことなのかも・・・

意識は一瞬でしたが、割とすぐに戻ったようでした。
呼吸を助ける管が鼻から入っていて、感覚が戻ってくると同時にそれがとても不快に感じるようになりました。身体も、とても重───く感じました。

看護師さんに、「少し早いけど、抜いちゃおうね、頑張って自分の力で呼吸してね」と言われ、管が抜けた時は爽快でした。
しかし、一瞬、肺が腐るイメージがわいて、大変だ、酸素をたくさん肺の隅々まで送らなきゃ!と本能的に思ったのを思い出します。実際にそうなのかどうかはわかりませんが、その時の私には、なぜかそんなイメージが浮かんで、肺全体に酸素を送ることが大きな仕事でした。
呼吸するって、体力の落ちている私にはとても大変なことでした。
普段は何の意識もせずに吸って吐いてを繰り返していますが、そのひとつひとつが、とても重くて大変。

ICUから個室に移った時に見えた窓からの景色は、とても明るく生命力に満ち触れているように感じられました。動きがあって。「活動」していて。それ自体が(何気ない景色なのだけれど)、「生きている」ことそのものの輝きを放っていたのでした。

最初に口にしたのは、ゼリー。

外来で知り合った、同じ病気のお友達が、「最初は食べるのが大変だから」と、プリンやゼリー、ヨーグルトをたくさん持ってきてくれたっけ・・・

それでも、咀嚼して、飲み込む、がとても大変で、一口食べては休み、の繰り返しでした。
「食べる」ことがこんなに大変なんて、思いもしなかった。

「呼吸する」、「食べる」って、健康で元気だから「普通に」できることなんだ、と身にしみました。

意識は、手術前のままですから、何でも普通にできるという頭なのですが、身体がついてこない。
歩くことさえもやっと。

けれど、心臓は手術が成功すれば、回復は劇的で、みるみる元通りになりました。
歩いても息切れしない。
少し休めば、すぐにまた元通りになって、元気に歩ける。
その時、初めて自分の心臓にどれだけ負担がかかっていたのか感じました。

けれど、元気になるに従って、これまでの自分が見てきた(感じてきた)世界も一変しました。
これまで、私は身体が弱いことでいろいろなことを知ってきたし、それがベースで体験してきていたので、思考はもちろんその上に築かれます。

身体のことがあったから悩みが深くなり、年齢を超えていろんな深い悩みにも共感できたりもした。
けれど、元気になったら・・・
もう、私はこれまでの私のようには、ひとの話は聞けないと思いました(その時、特にヒーリングのようなことをしていたわけではなく、普通に会社員だったのですが)。
「死の危険」を、その思いに晒されている苦痛を、どんなに「わかる」と言っても、私はもう、一番の危険を回避して、安全なところから言っているにすぎないのです。
もう、これまでと同じように、同じところから同じものを見る、ということはできなくなるのだ、という「喪失感」、「感受性の喪失」のようなものを感じたのを覚えています。

あれからちょうど10年目。
心配しなくても急性大動脈解離を発症し、元の自分に戻ったわけですが。

解離した瞬間、私はこれから自分の思ったように生きようと決めたのでした。
いちばんやりたいことをやっていこう、と。
その時、いちばんやりたいことが何、とは特別決まってはいなかったのですが、とにかくそう思ったのです。

そう思ったら、自然に道は拓きました。

後に、「魂の目的を知るワーク」をやったことがあるのですが、「解離した時に似ている」と思いました。
これまでやってきたことなど関係なく、「これから、どう生きるのか」。何をやって生きていくのか。
魂は、どう生きたいと望んでいるのか。

時に、九死に一生を得た人の体験談や、人生最大のピンチに見舞われた人のお話を聞いていると、その「ピンチ」で大きな軌道修正がされていることが多いみたい。

考えようによっては、「もうダメだ」と思う瞬間などは、「生まれ変われる」チャンス、「大きな飛躍」の機会なのかもしれません。
なかなか、総てを手放す、って、怖くてできないものですが・・・
飛び込んでしまえば、何のことはない。

これまでの価値観をすべて手放し、全く新しい自分としての人生が始まる。

・・・私なんかは、これまでの価値観を総て手放したわけではないのですが^_^;
何となく生き方が何度か変わっているような気はします(笑)
振り返れば、その時々で、総て必要な体験はしている・・・みたい。

これも考えようによっては、生きながらにして何度もいろんな人生を生きている、ちょっとお得な人生(魂レベルからしたらやる気満々の欲張りな人生)なのかもしれませんね(笑)

でも、細胞はいつでも全部新しく生まれ変わっていますから、私たちは、そうとは知らずにいつも生まれ変わっているのですね(*^_^*)ぴかぴか(新しい)


posted by Kaoru at 08:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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