2012年07月18日

自分がどうあるか

自分の気分をアップさせてくれるものに触れる、少しの息抜き、リラックス。心地のよさを感じるだけでエネルギーの流れが変わることがあります。

何でも一生懸命、そして「諦めない」姿勢は、周りに与えるものが大きい。

チーム全体の流れをガラッと変えてしまうほどの力を持っています。

生きる姿勢が、周りに影響を与えることがあるのです。

特別な能力を持っていなくてもねウィンク


実に美しく交通整備をしている人を見たことがあります。
姿勢がよく、腕もスラリと伸び、まるで指揮者のように、動作のひとつひとつが綺麗で丁寧で、見入ってしまいました。

まさか、彼自身も自分を見る人をそんな気持ちにさせているとはこれっぽっちも思っていないでしょう。
でも、見てる人は見ていますよわーい(嬉しい顔)

暑い中の渋滞でつのるイライラも、彼を見てふと気持ちが和らいだという人も数多くいたことでしょう。

一服の清涼剤のように爽やかな気分になった事を覚えています。

工事中の交通整備。

よくあるシーンです。

季節によっては、厳しい仕事ですよね。

でも、何年経っても、あの時の爽やかさ、気分のよさを思い出します。

自分が任された事を精一杯やるって美しいなぁと。
職種じゃないんだ、どんなことでも、どんな姿勢、気持ちでやるかなんだ、と。自分が魂を込めれば、それはどんなことでも尊いことになる。

今、自分にできることを精一杯やる=祝福


知らず知らず、周りの人の気分を変えてくれる。


生き方のキレイな人とは一緒にいたいと望むもの。


ネイティブ・アメリカンの中にはメディスンマンと呼ばれる人がいるそうです。彼の役割は、いつ何時でも穏やかでいること。怒りに巻き込まれることなく、すべてがうまくいき全員が幸せに暮らすビジョンを持ち続け、ただひたすら心の平和を保つ。そうやって部族の平和を維持するのだそうです。

こんな話も聞いたことがありました。

ベトナム(確か)での戦争の時、銃弾が行き交う中、田んぼの中をしずしずと進む僧侶の一行があったそうです。

流れ弾に当たるかもしれない可能性を恐れるでもなく、ただしずしずと。

その僧侶達の姿を見た兵士たちは、誰からともなく発砲するのをやめ、その僧侶達の姿が見えなくなるまでは銃弾の音が響くことはなかったのだそうです。
(戦うことがバカらしくなって手を止めた、みたいなことも書いてあったかもしれない)

どこで聞いた話だろう?

正確かどうかもわかりません。

ただ、深く印象に残っているのです。


癒しって、そういうものでもあるのかもしれないな。




posted by Kaoru at 23:58| Comment(0) | コトダマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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