2011年10月05日

同意

本当は、総てに同意してここにいるのだと思います。

生まれてくる場所、両親、名前、生年月日、そして、自分の人生。幸せなことばかりではなく、辛いことにさえも。
自分の魂を磨くために。

だから、現代の幻想に惑わされて、自分が今持っているものに対して不満を抱えているのでは、本当の意味では、自分の人生を生きていることにはならないのだと思います。

自分で選んできたものを否定し続けていることと同じだから。

自分はいつも責められている、そんな感情を抱き続けていると、それを証明するように、いつもそのような状況が自分の周りで起こる。

漠然と抱く不安、恐れ、罪悪感。それを抱えていると、そこに入ってくるものがあります。
抱えているだけに、実際自分の身に起こっても、「そんなふうに言われても仕方がない」とその状況に「同意」していませんか?

「もう、私の周りでそんな状況が起こるのは好ましくない」と、終止符をうってあげてください。
「その感覚を持ち続けるのはやめます」と。

この身体があるからこそいろんな事を体験できる私たちですが、この身体があるからこそ、自己の本質から離れていろんなものが自分の外側にあると思ってしまいます。

そして探しに出掛けてしまいます。
「幸せではないから、幸せを探さなければいけない」
「幸せにしてくれる人を探さなければいけない」

自分がつながらなければいけないのは、自分です。
究極的には、自分を癒すのは自分。
自分の幸福の作り手は自分。

すべては自分が同意した時に起こります。

「自分がこうだったから、今自分はそれを受けてこのような状況なのだ」
何か罰せられて仕方がないかのように感じていれば、それは「自分を罰してください」と「許可・同意」していることと同じです。

でも、それでは同じことの繰り返しなのです。
そのような「選択」が自分にとっての「傷」になるのです。
不安、恐れ、罪悪感などを手放せば、もうそこには「判断」は存在しません。
そこに共鳴するものもなくなります。

これまでの価値判断で自分を裁くことをやめれば、あなたを傷つける人は存在しなくなるでしょう。

すべては自分が起こしています。
自分が傷ついたのは、自分もそのことを認めていたからです。
誰かが自分を傷つけたのではなく、誰かを使って自分で自分を傷つけただけです。

判断なしに自分を愛すること。
自分を愛している、その魂の波動に共鳴して、周りの人は自分を愛してくれるようになるでしょう。
「自分は誰からも愛されない」と思っていると、その波動に周りの人は共鳴して離れていくだけです。

ありのままの自分を受け入れる。

「自分とは違う人生を生きている」自分以外の人を受け入れる。

そこで誰かを批判すると、その批判の考えに自分が苦しむことになります。
それさえも手放せば、自分がそれに反応することはなくなります。
そうやってどんどん判断を手放していけるようになると、だんだんまっすぐ光が魂に届くようになります。


どれも総て貴重な体験であり、感情です。
この世にふたつとない、素晴らしい魂なのですから、「そのままのあなた」になった時、あなたに必要なものはすべて、夢のようにもたらされるでしょう。


posted by Kaoru at 00:23| Comment(0) | コトダマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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