奇蹟は人知れずに起こり続けている。
ひとたび気づけば
その大きな「愛」に涙するほど。
なぜ
それに気づけないのか。
それは
とても見つけにくくなっているのだけれど
自分で気づくための感受性を磨いていくと
想像力も高まり
俯瞰してみたり
たまたま聞くことができたりと
教えてもらえることがある。
その瞬間を喜んだり
おもしろがっていたりすると
どんどんそれは開いて
わかるようになってきます。
それがわかるころには
人生の深いところに流れている
「テーマ」のようなものも何となく見えてきて
自分がどちらに行けばいいのかがわかることもあります。
魂の望みに触れるところには
普通に奇蹟は存在しています。
いつも隣り合わせ。
だから
それに気づけるか気づけないかは
見ようという気持ちがあるかないかに依るような気がします。
つまり
見つけようと思えば
いくらでも見つかってくるのです。