2020年02月27日

責任の所在

感じ方はそれぞれで


思いもしないことで(←これは私目線ですが 笑)


不満に思ったり
不愉快に思ったり
嫌だったり
不公平に感じたり
腹が立ったりと


実に様々な理由で揉めるようです(笑)




揉めてしまうと

ことをおさめるには


不満に思っていても誰かが飲み込むか

誰かが損しないようにするか

まあるく解決する必要があります。


ここで
責任をなすりつけあっても平行線で


平和を愛する(笑)揉め事嫌いな人が我慢しておさめたりすることもよくあることです。


嫌だ嫌だと逃げ回っていると
心にモヤモヤが残ったままですが
(不満をためたままでいるのも、かなりの負荷がかかる)

ここで
自分が悪くなくても


たとえ
「めんどくさいな、もう、自分が損しても嫌われても悪者になってもいいや!」と思ったとしても(笑)
その問題を引き受けると

サーッと「問題」が引くことがあります。

これは
自分が損して終わり、ではなく。


自分が引き受けた瞬間に
「問題」が解決したりすることがあるから不思議。
(思い違いや誤解が、なぜか発覚して解けたり、問題の核心に近い人が判明したりなどして)


誰もが悪者になりたくなくて
責任をとりたくなくて(損したくない)
受け取らないものを

関係ないところで
誰かが
スッと受けとることで

高まった緊張やエネルギーがほどけるのかな。

「なすりつけてた自分」を急に反省するのかな(笑)


とにかく
引き受けたとしても
自分が悪者になることも損することもなく
サーッと解決することがあるのです。


向き合った瞬間に消えてなくなる。

問題視をやめた瞬間に問題は問題ではなくなる



その対応に
それぞれに
味方する人もいれば
そっぽ向く人もおりましょう。

でもどう反応するかは
その人次第で


自分がどのように反応し、対応するのかも
自分次第なのです。


それは
どんな自分で在りたいのか?にもよってきます。


流されずに
自分は自分、
どのような対応にも
誠実であれば


声を大にして自分を庇護しようとしなくても
他者をコントロールしようとしなくても

自分の在り方次第で
自然に
味方や
離れる人が決まってくるのです。


周りからの評価にも影響するでしょう。

だれもが
すべては自分の生き方次第です。


なにが正しくて
何が間違っているのか


そのジャッジすら手放せていると


ブレることが減ってきます。


自分の存在そのものが

誰かの評価によらずに
確立するのです。


自分に対する信頼感も
自分でつくりあげるものです。



自分にとっては

これが誠実さで

これが善

そう思えることをやっていくのです。



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posted by Kaoru at 12:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする