どうしても悟りが開けないという雲水(修行僧のこと)が、思い余って師の和尚に教えを仰いだ。
「私には皆目悟りが開けません。どうすればいいのでしょうか」
和尚はその雲水についてくるように促すと、寺の裏山に登って行った。
やがて切り立った断崖に出た。
断崖からは松の大木が一本横に張り出している。
その下は言うまでもなく千尋の谷底である。
和尚は松を差して、
「これへ登るのだ」
と命じた。
みるみる雲水の顔色が蒼白になっていく。
しかし、勇気を奮うと雲水はしがみつくようにして幹に登った。
「その細い枝のところまで行くのだ」
ようやく枝のところに達した雲水に向かって、
「手だけでぶら下がってごらん」
雲水は命じられるままに、両の腕で枝にぶらさがった。
「片手だけでぶら下がってみよ」
一方の手を放したとき、小枝はしなるように揺れた。握っているほうの片手には渾身の力が込められ、鋼鉄のようになっている。
「その手も放すのだ」