2019年05月08日

自分を育てる

起こることや周り(世界)に自分を映して

自分はどう生きたいのかを決めていく。

(だから周りを批判していても、自分の世界は変わらない。隣り合う世界を変えていくのはそれぞれの世界の住人の役割)


誰もが
自然に
自分を育てています。


嫌なことがあったら
もうそうならないように
気をつけようと思うし

もっとこうなりたいと
頑張ることもあるし


私はこうはなりたくないと
否定から始まることもあります。


大切なのは
周りを通して
自分がどうなろうとしているか
です。


自分が
このようにしか生きられないように

周りも周りであるようにしか
生きられないから

そして
そのひとつひとつの
世界が重なりあっているだけだから


周りがどうあろうと
自分はどう生きたいのか。


結局は
自分が世界に何を見るかで
世界も変わっていくように見えるだけ。


周りを利用して
自分を映しているだけ。

はじめから
自分の「問題」でしかなかった。

だから
周りの「問題」であることには
関わらなくていい。
(それは周りのひとりひとりが自分で取り組むことだから)

それで不愉快な思いをしたり
どうしても切り離して考えられないこともあるかもしれませんが

意識すると
だんだん
自分と他者との世界の違いがわかってきます。

自分の問題を
周りに絡めてしまったり
相手の問題を
自分のものとして受けとると
(巧妙になすりつけてくる人もいるので。逆も然り)


難しくなってしまうけど
そこを
自分のものは
自分のものとして引き受けると

他者との境界線もはっきりしてくるから不思議です。


それに気づくと


他者に言うことなど何もないと気づきます。


すべては自分のことなので。



「幸せにしてほしい」という思いなどの
(わかってほしい、認めてほしいなど、こうしてほしい・くれ、の精神)

「周りについつい求めてしまうこと」

それは
周りに言うことでもないし
周りに聞くこと・求めることでもなくて

自分に言ってあげて
自分に聞いて
どうしたいのか考えてみること。


自分で自分を幸せにできるようになると
周りに振り回されることが減っていきます。


目にうつるものは
自分で選んでいるし
関係のないものには
触れることさえできない。

関心のあるものは
入ってくるし
関心がないものは
通りすぎていく。


これも
「自分」で選んでいる。



周りは
それぞれに
ただ在るだけで

それぞれに自分を映して世界を見ている。


たくさんの世界が重なりあっている中で

自分にできることを
できる範囲で
自分らしく生きていく

それが
自分にできること。


周りを
他者を
変えようとするのではなく

ただ
自分がどう生きていくか。


それをやり続けている中で

自然に周りが感化されることはありましょう。



やり続ける

言い続ける


生き続ける。



それで
描かれていく世界がある。




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posted by Kaoru at 17:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする