2019年03月08日

幽霊の正体見たり枯れ尾花





自分で思っていたよりも

ずっとずっと

怖がりだったと気づいた(今ごろ 笑)


人には、「無謀」だとか、「怖いもの知らず」とか言われるのですが(笑)



なんでそうなのか?


その源を辿ると

子供のころ

ちょっとでもイタズラすると

それはとても悪いことなのだと叱られる
そんなことすると警察の人がつかまえに来ると言われる

大人からしたら

何でもない言葉だったかもしれない


でも
子供の私には

それが
震え上がるほど怖くて


そうやって
繰り返し繰り返し

自分のすることが
とてつもない「悪」だと

罪悪感?
罪の意識?を刷り込まれて


だんだん
何もできなくなっていったのだと思う。


失敗すらできなくなって

ルールはやぶれない

校則もきっちり

はみ出さない子。

いつでも正しくないといけない。


その上

子供のころから
身体が弱く

あれをやってはダメ
これをやってはダメ

と制限が多く


いつの間にか

いろんなことを諦めて

諦め上手になっていって


静かーに

暮らしてた。



限られた中でも
やりたいことを見つけてはやっていたけれど

その体験は偏りすぎて


経験値がなさすぎて

何をやるにも

やるまえから
すごく怖かった


何をするにも
何があっても

すぐに思考は
「最悪のことが起きる(罰せられる)」という反応をして


すくんで動けなかった。

やるまえから
悪い方に想像がふくらんで
どうやってそれを回避するか
にまず意識がいって

言いようのない緊張感と
エネルギーの消耗に疲れてた。

ありもしないことを怖がってた。


でも
その状態ではいられなかった。



ずいぶん長い間
そのループにわけもわからず
苦しんでたけど



そのからくりに気づいてからは

自分の思い込みだと言い聞かせることで
だいぶ改善されましたが


いちばん効果があったように感じられたのは


怖いと思っても
「思いきってそれをやってみること」
でした。


やるまでが
だいぶ怖いんだけど(笑)


やってみると

あれ?
思ってたほどじゃない・・・

勘違いしてた・・・


ってことが多くて(笑)


怖さゆえ

それを回避しようと
こちゃこちゃこねくりまわすから
(こざかしいともいう 笑)

おかしなことになるのであって
(結局は、ごまかしだから)


真正面から堂々と
(「普通に」とも言えるのだろうけれど)


向き合ってみると


影に怯えてただけだとわかる。


自分の中で
怖れが膨らんでただけだとわかる。


「罰せられる」と思い込んで怖がっていただけで


もう古くなった
心の反応だとわかる。



未だにやわやわだぁ(^_^;)


いろんなことを怖がってる。


でも

対峙してみて
「思ってたほどじゃなかった」
「全然、大丈夫だった」の
体験の繰り返しで

少しずつ

世の中への安心感が
育ってきたように思います。


怖いけど、
正体を見る(対象を知りきる)のが

怖さを克服する
ひとつの方法(笑)



で、「やってみる」、「対峙する」というのは、

やはり、「自分への信頼感」や「明るい見通し」がないとやりにくいかもしれない。


大丈夫、自分が思ってるほどじゃない

と信じて

飛び込んでみるわけだから。


自分や周りを少しでもいい方に信じられていないと

難しく感じるかもしれない。


世の中捨てたものじゃない
大丈夫、なんとかなる

そんなふうに
自分に言い聞かせながら
自分のバランスを調えていくしかなくて

時々行きつ戻りつもするけれど

この怖がりを
少しずつ癒していけるといいな。



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posted by Kaoru at 18:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする