2019年02月28日

心の中にあるブラックホールの正体

自分の中に作った妄想(邪念)は

際限なく巨大化していく。

実体がないから

思いのちからで
どんどん肥大化する。

そして
足りない
足りない

になっていく。


それはブラックホールのように

キリがなく

もらっても
もらっても

与えても与えても

まだ
欲しがる


それを欲しがっているうちは


満たされないし
望むような幸せも手には入らないでしょう。


それに気づいて
自分の足で
そこから抜け出すしか
方法はなくて

自分で決めて

自分を満たしていくしかなくて


そこを誰かや何かに
満たしてもらおうとするから

こじれるのであって


それは
初め
とてもしんどいと思う。


でも

育てるのは

欲しい欲しいの「甘え(妄想)」のほうではなくて

自分を満たすほう。
(誰かや何かに与えることで得られる喜びなど)


どちらも
餌をもらえると満足するので
見分けがつかないけれど

認められたい
ちやほやされたい
一目置かれたい
同情されたい

これらが動機の場合には
影の方が育っていき

(ああしてくれない、こうしてくれない、も「こうされたい」と同じものなので、もしもそれを感じている場合は要注意)


誰に何を言われようと
自分が楽しいから
嬉しいから
魂がはずむから
やりたいからやる

このように
何をもらえるかなど期待せず
自分のやりたいことを
させてあげられているときに感じる
満足感

こちらは
しっかりと「自己」が育っていく。


依存と自立。


誰かや何かが育ててくれるものではないので
(誰かや何かは、あくまでも脇役。主役は自分)

周りに期待しても
多分思ったようにはもらえずに

肥大化したモンスターはあばれつづける。

影に支配されている時には

甘い蜜を与えてくれそうな人(かわいそうだねー、よくがんばったねーと言ってくれる優しい人)に敏感で


けれど
その人たちの中を渡り歩いていても
自分の成長と幸福はない。

それに満足して
ある程度お腹いっぱいになって
それは周りを疲れさせる(奪う)方法なのだと気づいて
自分で歩けるようになっていくのならそれはそれでいいのですが


怖いのは
気づかないまま
それしかできずに
よけいに苦しくなっていくこと。



いつかどこかで

気づくだろうと思うけど
(自分が苦しいから。人間関係などに支障をきたすから)


そして
自分の足で歩く(与える側にまわる)、と決めるのは
とてもしんどく感じて
なかなかできないことだけど・・・


それでも
自分にできる範囲で
自分の中に生まれた
幸せな気持ちや
嬉しい気持ちを
おすそわけしていく


そうすると
どこかしらか
自分が欲しかったものが還ってくる・・・

その循環に気づくと

あとは
難なく
できるようになっていく。

与えるということが
受け取るということなのだと
わかるようになる。


こうして
苦しい循環から逃れることができる。

軽やかで爽やかな
人間関係を築けるようになる。


幸せな人は
自然にみんなにも幸せになってほしいと願うもの。

だからみんなが幸せになれるようなことを発信しているし
そのように行動している。


自分が幸せでない人は

周りにも優しくできないし
幸せな気持ちを壊したりする。

周りを幸せにする、ということが

自分が苦しいからできないの。
だから、奪おうとする。


でも、それはうまくいかない。


奪われるものにとっては、負担になるから。


自分の中の自己と影
どちらを育てているのか。

影を育てている場合
ネガティブな思い込み(影)から
相手の言葉がまっすぐ届かなくなっています。

だから、何を聞いても
相手を疑ったり
非難したり
自分を責める言葉にしか聞こえず

人間関係を築くのが難しくなってます。


それが
魂の計画である場合もあるのですが・・・


そのように生まれついた場合には

誰に影響を与え
誰の魂の計画の一部で
どのように成長していくのか、
そこを脱出する道のりも計画しているはずで

大丈夫なようになっているので

今ある環境で
今の自分で
めいっぱい
喜んだり後悔したり
楽しんだり苦しんだり
生きるしかないのですが

(それを受け入れるのがいいのですが)



自身の苦しかった体験から

依存よりは自立を、
影よりは自己を健全に育てることを

おススメするのでした。



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posted by Kaoru at 10:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする