2018年05月27日

道なき道

『老子』第41章より



大方無隅
大器晩成
大音希聲
大象無形
道隠無名


大方には隅無く、大器は晩成し、大音は声希く、大象は形無し、道は隠れて名無し。


四角形をはてしなく大きくしていくと、四隅はないように見えてきて、それが四角形であることすらわからない。
大きな器は完成するまでに時間がかかり、それがどんな器になるのかわからない。
あまりに大きな音はかえってほとんど聞こえず、
きわめて大きな形をもっているもの(現象)は、ほとんど姿が見えない(認識できない)。
「道」(宇宙の摂理)もまた、無形無限のものであり、人智をはるかに超えたものであるがゆえに、知りようがない。


わかりきることなどなく

答えは
出せたら嘘なのかもしれない。

「縁」や「奇蹟」もコントロールできたら嘘なのかもしれない。



でも

それは
確かに存在している


たとえ認識できなくても
コントロールできなくても

起こるときには起こる。


それに出会うためにできるのが
宇宙のリズムに
魂の望みに
添っていること。



あるがままの流れに添って

日々を精一杯生きて

不意のギフトを喜べれば

それで充分。


そうとは知らずに

自分の道を歩いているものだから。

道の上にちゃんと奇蹟も幸運も
(もちろん不運やアクシデントも 笑)

あるから。

でも、どんなに不運だと思うことでも
ただそれだけではないことに気づくと

とたんに
奇蹟は身近なものになる。

当たり前に起こせるものになる。


あるがままを喜べれば

それは
幸せな人生。

世界は計り知れない。
知りきることなどできない

その大きな世界の小さな一部に
どんな人生として刻むのか。

意味をつけるのは、自分。
決めていい。
意味のあるものにするのかしないのかは、自由。
自分次第。

あなたは
人生にどんな意味を見出しますか?


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posted by Kaoru at 15:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする