2017年08月14日

自分を知りながら創りあげていく世界

けっこう
気遣い屋の私は

重要ポイントから遠いところで
変に考えることが多く(笑)


たとえば

「いい人紹介するね〜」と言われて
会ってみたのに

紹介してくれた人や
紹介された相手に変に気を遣って
動きづらくなる

というような。
(なんでかものすごく葛藤するんです。そうは見えないかもしれないけど 笑)


この場合

ハッキリと

自分が相手を好きかどうか

でいいのに
(そこが重要ポイントなのに)


それがどうしようもなくできなくなるのが私なのです。
(とか言って、抜けてるところもたくさんありますけどね ^_^;)


そしてまあるくおさめるための言い訳をかぎりなく思いついてしまう。


よく言えば
周りに合わせることができる、
平和主義。

悪く言えば
自分がない、
八方美人。


でも

この状況、自分でやってるくせに
自分では苦しいのです。

変なところで
「まあるくおさめたい」欲求が働いてしまう。


自分のために
動かなければいけないシーンで
「誰かのために」になってしまう。


そうすると
何が自分にとっていいのかが
どんどんわからなくなる。


だから

本当の本当に
自分だけのことの場合は
あまり人には相談しません。


好きなように動くためには
「独り」がシンプルなんです。

もちろん、最初から誰かが関わることであれば
相手込みの動きになりますが。
(でも、それが相手にとって心地いいか、適切かどうかは別ですよね。私の勝手な思い込みでそうしているだけなので💦)


かと思うと

自分にとっての「こだわり」があるところでは

今度は譲れなくなってしまう(^_^;)
(あるいは完全に手放すかどっちかになってしまう)

だから
結局
思うようにやるためには
独りがやりやすい。



でもこの
「まあるくおさめたい欲求」

役に立つ場面もあるのです。


みんなにとって
何が最善か

そのためにどんな方法があるのか


だけど
大切なのは

やはり
自分の人生は自分が主役
と、自分に軸を置くこと・・・


その時は苦しいけれど、
自分の人生にとっての
必要な(重要な)決断をしたほうが
結局
「みんなにとっていい」
決断ができるということです。

(そもそもみんな、それぞれに自分にとっていい方向へ持っていこうとするから大丈夫)

自分にとって
いい決断ができると
そこに世界ができていきます。


思いきって
イヤだと言ってみると
そこに新たな方法論が現れたり
別の道が開いたり
することもあるんです。
(いろんなかたの知恵を拝借 *^_^*)

NOと言えないのは

「NOと言うと揉める」(誰かの機嫌が損なわれる)という思いが
私の中にはありました。

実際にこれまでがそうだったので
そう思い込んでも仕方のない環境でした。


どんどん自分がわからなくなるのなら
それをやめてもいい。

もうそれ以上、頑張りすぎなくてもいい。

そうやって頑張ってきたから
いま苦しんでいる。


それは
もう
やめてもいい。



NOと言っても

揉めることもなく

「では何が最善か?」
を穏やかに話し合える人もいるのです。
(それぞれに自分に自信があるから、「NO」が自分に対するダメ出しにならないので冷静に話し合える。非常に楽。余計なことを考えなくていいので)

そして
そのための案を限りなく出せる人もいる。

さらに
現時点では「これが最善」と思うところにも落ち着ける。

もちろん、それはやってみないとわからないこと。

でも、私にとっては

みんなで妥協せずに「最善」を導き出せたことに意味がある。
(結果はお任せ。なってみてからまた考える)

それだけで感動だったし
ひとりひとりのちからの大きさにも感動したし
(そのために私もちからをつけたいと思ったし)

揉めずにまとまることにも
こんなに平和的に誰も殺さずにみんなでひとつのところに向かえるんだ、ってことにも
(たいてい何らかの抵抗にあって、なんだかうまくいかないことのほうが多かったので)
ガラリと価値観が変わる体験をしたと言っても過言ではないくらい
嬉しさを感じたのです。
大きな経験でした。


関わる相手が変わると
こんなにも
すんなり穏やかに事が運ぶ。

でも
自分の「こうしたい!」情熱がまず先ですが。
それから、落としどころを決めていく。

どんな関係性を築きたいのか。
どんなふうに一緒にいたいのか。

選択肢はたくさんある。
居慣れた場所だからといって
たったひとつの世界にしがみつくことはない。


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自分にとっての「希望」が
相手にとって「希望」となりえるか?

それはひとりひとり違うので
そうなるとは言いきれない。

誰かがいいと言っているものが
自分にとってもいいものとは限らない。


そんなふうに
多様にできている世界で
多様にフォーカスすると自分を見失ってしまう。


だから
自分の世界の外で頑張らなくてもいい。

世界の外でどんなに頑張っても
自分の世界はまわらない。

自分の世界の中心で
頑張るようにすると

世界はまわっていくようになる。


他者の土俵で頑張っても

どこまで頑張ってもそこは所詮
「誰かの土俵」でしかない。

人生を変えたければ
豊かにしたければ

まず
自分の人生にアクセスすることです。

自分の人生を創り始めること。
自分の本当の望みに素直になること。
そこにどんな人たちと一緒にいたいのか。

ちゃんと
望む世界の住人になれます。

そのコツは
そう決めてそのように振る舞い続けること。

自分の意識をまず
自分の望む世界にフォーカスさせること。

そして
周りがどうあれ
自分が理想とする自分で生きていくこと。

そうしているうちに

やがて

その自分にふさわしい世界にシフトできる
何かが起こってきます。


あなたはこれまで
誰かのためにと頑張ってきた。

それはムダではありません。

誰かの望みを叶え続けてあげていると

いつか

自分の望みも叶うんです



だから

まずは
自分の世界を変えよう。
(気持ち・意識から)

それから
そこに存在している自分は
どんなふうに振る舞うのか?
(次は行動)

どんな仲間と、どんな関わり方をするのか?

そのヒントは
「自分が仲間にどんなふうに接してほしいのか?」
「どんなことに心が動くのか?」
の中にある。

周りが自分の望むものと違っていたとしても
最初は
そこで
それをやり続ける。

今いる場所がスタート。

そのうち
少しずつ現れてくるから。

奇跡と共に在り続ける心に
奇跡は舞い降りる。
(起こることが起きているだけとも言えるけれど)

入り口は無数にある。


動いてみないとわからないこともある。

けれど、
どんな時も
最善のところに落ち着く
と信じて

飛び込んでみると
思わぬ道が拓くこともあるから


どうにもならなくなったときは

自分がいる環境を変えてみる、

それも
選択肢のひとつにできることを忘れないで。


自分が素敵だな、と思う世界に行ってもいいんです。

自分の中に創れば

そうなっていきます。
創り続けるんです。


そこに
ちゃんと
最適な環境とキャストが現れる。

道も現れる。



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posted by Kaoru at 08:14| Comment(0) | エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする