2017年08月11日

優しさがしみる

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優しさがしみる。

つらいときほど

優しさがしみる。


思わぬ人からの
優しさがしみる。


魂は
こうして
栄養を吸い上げるんだ。

だからみんな欲しがるんだ。

もらってももらっても
欲しがるんだ。


必要とされること
大切にされること

誰かに想われることで

自分の存在を確かにしていく。


自分を自分で認められている人には
たっぷりもらってきた人には

もう
おなかいっぱいで
要らないものかもしれないけれど
(「あげるもの」に変わっているかもしれないけれど)



飢餓状態だった私の心には

ごちそうで


今でもまだ

心にしみる。



飢餓状態の心には

与えてくれそうな人が
本能的にわかって

ちょうだい
ちょうだい
もっとちょうだい

になってしまう。


飢餓状態のまま
大人になった人はけっこうたくさんいて
大人になってからも

ちょうだい
ちょうだい
もっとちょうだい

をやっていて・・・

(酷いときは、もらえないとわかると、巧妙に相手に罪悪感を抱かせたりして何とかして吸い上げようとする、略奪に近いケースもある。これじゃ、まともな人間関係は築けないわけだ・・・)


でも、あるとき
それは

バランスのとれていないことだと思って
ずっともらってばかりはフェアじゃないと思って
(でも上手にあげられなくて苦しくて)

どんなに無償の愛にあふれた人でも
相手にとっては
与え続けるのも大変なんだと思って


何よりも
私は
普通にあげられる大人になりたいと思って
(そこまで成長したいと思って)

やめた。


自分を自分で満たそうとしてみたけれど

はじめは苦しかった。


でも
ほんの少しの
誰かからの優しさで

魂はあっというまに生き返って


飢餓状態の時にやっていた
だれかれかまわず
吸い上げ続けてた時とは違って


優しくしてくれた人は
多分、自分で「優しくした」とは思ってなくて
それくらいに自分の中から無理なく自然に出てきたもので
(だから相手にとっての負担などなくて)

気づいたら
そこここで

小さな優しさをたくさん拾うことができて


それで少しずつ
魂が復活していって。

くれくれと言わなくても
たくさん周りにあって

奪い続けなくても
普通にあって・・・

ふとした瞬間に
「何も言わなくてもちゃんと見ていてくれたんだ」と
わかることもあって

わかってくれてる人がいた、と
独りじゃなかった、と
気づくことも、あったりして

それだけで
頑張れて


「愛されていない」が
「実は愛されていた」に
かきかわって

それからは
周りに愛があふれていて

見えなかった愛が
たくさん見えるようになって

特定の誰かからの
愛だけを求めるのではなくて

どんな人からの
少しの優しさでも
大丈夫になって

今は溺れそうなくらいで(笑)


ほんの少しのことで
ちゃんと
循環するようになった。

世界にはたっぷりある
とわかるから。

どんなに
吸い上げても
無限だとわかるから。



誰かに

優しくする
思いやりを見せる
相手を認める
そのままを受け入れる
それを伝える


って
時に誰かのいのち(魂)を救っていることになる。


「救済」は

笑顔、
優しさ、
あたたかい言葉

それだけでできること。


そうやって
自分にできる少しのことで
救われる誰かがいて

救われたら
自分も誰かにとっての
そんな存在になりたいと
思うようになって

優しさは循環していく。


こうして
そうとは知らず

助け合って
支えあって

生きている。



優しさや
思いやりを大切にと繰り返しているのは


時に
それが誰かを救うことがあると
魂の救済になることがあると

知っているから。

身をもって知っているから。


時に
多くの
様々な病や症状を緩和するものでもあると思うから。



エネルギーはこうして
まわっている。

そう、お金も同じこと。

なくならないから大丈夫。



あなたの
少しの優しさが

誰かを救うことがある。

それは自分のところにもくるし
みんなのところにも行っている。

誰かへの褒め言葉が
魂を輝かせることもある。
ちからを与えることがある。
(正確にはその人の中から力がわきだすのだけど)

自分の中からスタートさせるものに責任を持ち
美しいもの(豊かさ・幸福・感謝など・・・自分が望むもの)にしよう。
それは自分のところにも返ってくる。


そして世界を変えていく。




posted by Kaoru at 08:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする