2017年04月30日

自分が感じているものがストーリーの展開を変える

ひとつの事柄は

体験する人によって

違うものになる

それが心地よいものと感じる人もいれば
不快に感じる人もいる
あるいは
それに全く反応しない人もいて


なぜ
反応する自分がいるのか?
というと

そういう設計だから
とも
そんなふうに育ったから
とも
勝手に自分がそう思い込んでいるから
とも
言えて


自分の長所・短所を知ると
どんなところで
誤解を生じやすく(与えやすく)
どんなふうにすれ違うのか
など、これまで無意識でいたことにも意識的になれると
いろんな角度から自分が見えてきます。


自分の思いとは全く違うところで
人にどう見られているか(思われているか)にふと気づいたり

価値観の「ズレ」に気づいたり
(まったく違うことを感じているな、とわかったり)
(自分ではいいと思っていたことでも、相手によっては逆効果だったとわかったり)


その「ズレ」から
居心地の悪い感覚を得たり

誤解しあったまま
悲しいことになったり

いろいろあるけれど


それらをポジティブにクリアするためには

やはり

なにごとも「悪い方に受け取らない」

という対処法は美しいものであると思う。


なにごとも「良いほうに受けとる」
感謝の心で受けとる


これは最強の透明感。



勝手にストーリーを(悪い方に)組み立てて
勝手に悪意あるものとして受けとれば

相手の「思いやり」さえ

自分には届かない。
(自分で溝に捨てているようなもの)


たとえ
それが「悪意」として放たれたものでも
こちらが悪意として受け取らなければ

それは行き場を失って状態は「クリア」になる。

「悪意として受け取った」ことは
自分が思っているよりも
相手に伝わるもので
それは「不快」の種になってしまう。


誰かにとって何でもないことでも
自分にとって大問題になることもある。


それは
ある出来事を、事柄を
どのように受けとるか(感じやすいか)という自分がいるだけで

自分がどう反応するかで
その先のストーリーに影響する。

だとすれば

その先のストーリーを
よりよいものにするために



クリアにすること
つまり
なにごともいいほうに受けとる
ポジティブに受けとる、対応する、善処する、信じる
などして、そこに「問題」をつくらないこと



最善の方法なのかな
と思う。


相手は善かれと思って
言ってくれていることかもしれない。
好意的に言ってくれていることなのかもしれない。

実際、言っている(伝えている)のだから
敢えて相手を嫌な気分にさせようとして言っているわけではないのだろう。

自分だったらどうか?
わざわざ相手を嫌な気分にさせようと思って発言しているだろうか?


善かれと思って言っていても
相手には
そのように届かないことも往々にしてあることで。


そんな悲しい誤解や「ズレ」を解消するには


やはり
いいほうに受けとる
言ってくれて(教えてくれて)ありがとうと感謝する

あるいは
あっけらかんと
サッパリと、でもいいかもしれない



とにかく
そこに「負の感情」をくっつけないこと
自分を卑下しないこと


さわやかに対話する

何もない心で


よし
もう一度チャレンジだ。

失敗に気づいたら
たてなおせる。


まっさらな心で目で相手を見つめて

ありがとうを、いっぱいに心に湛えて

相手のすべてを好意的に受け入れて

もう一度向き合ってみよう。


その先のストーリーを、変えたいから。




posted by Kaoru at 23:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする