2016年08月31日

魂からの声

やってみたい───
(こうなれたらいいな)

そう思っていたことがありました。

でも、思いはあっても、それをどのように形にすればいいのかわからなかった。


けど、やっぱりその思いは強くて
ずっと願ってた。


そしたら。

「形になったもの」が目の前に現れた!(笑)


それでも
まだあたためてた。

本当に自分にとって必要なものなのかどうなのか。

心はとっくにGo。

でも、簡単に飛びつくのはやめたのです。
(信じやすいというか、単純なところがあるので ^_^; 何でもかんでも受け入れるこれまでの姿勢は改めて、厳選しようと学んだのです 笑)

いっかい、クールダウンする時間をとることにしました。


やー。
でもね。

毎朝、同じ夢を見るのですね。

それに関わっている夢を。

ここまで私が気にしてるのも珍しいし(いつもは何でもあんまり気にしない方だし、忘れてることすらある。あんまりこだわってないんだな。GoならGoだし、ダメならダメでいいや、と思ってるから 笑)

それだけでもGoなのですが

よほど、やりたいって(魂から)思ってるんだなぁ・・・とも思いました。
それでも待て待て、とあたためていました。

そしたら、
このタイミングで来るかー?!

というお知らせが。
始めるにはピッタリ。

Goが出ました。

んー。

やっぱり、やるのかー。



さて。
やるとは決めましたが、

どう流れることやら・・・


経過観察です(*^_^*)


キレイに花ひらいてくれるといいな


ちなみに、この後に控えている「やりたいこと」もあります(笑)

せっかちな私は
はやく結果を出したがるのですが

待て待て。

ゆっくり、じっくりと。
熟成させるのです。

大切に大切に( ´艸`)
魂と対話しながら進めます




今日も暑い

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8月最後の日。
夏もそろそろ秋へとバトンタッチしようとしています。




posted by Kaoru at 12:51| Comment(0) | 夢日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月30日

選択肢もすべて

苦手や嫌いと感じることも選択肢のひとつになっていて

「それをやらない」もちゃんと道の上。
嫌いなものは嫌いだし
やれないものはどうしてもやれない。

「あの時、やっておけばよかった」
と思ってたとしても

「やらなかったこと」も

今の自分に繋がっている

あの時 もしも
やっていたら

「今の自分」ではないかもしれない


私の場合
病気を持って生まれていなかったら
お父さんが生きていたら

絵を描いていなかったかもしれない
見えない世界に興味を持たなかったかもしれない
生きるとか死ぬとか、こんなに考えなかったかもしれない

動くことが楽しくて
仲間とひとつのことを目指すのが楽しくて
全然別のことを選んでいたかもしれない。

何の心配もしないで、学校に通う、
普通に将来のことを考える、
普通の娘さんだったかもしれない
(あんなに憧れた、普通の娘さん・・・)

しかし
そのようには生まれてこなかった(選ばなかった)。


だからこそ考えたことがあって
制限のある中で、自分が楽しめることを見つけてきて
(苦しい方が多かったけど)


だから

全部が「私」

得意なことも
不得意なことも

好きなことも
嫌いなことも

全部「私」


できないこと嫌いなこと不得意なことは
どこかに
それをできる人好きな人得意な人がいて

「すべてがある」の中にいる「私」

好きなことを続けて
嫌いなことは上手に避けて(笑)

「やらなかった私」も選択肢の一部。

全部が今の私をつくりあげている。




posted by Kaoru at 16:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月29日

愛されたいと思っているうちは「愛されないといけない」

子供は親に愛されて育つ

まなざしのなかで自分という存在を認められて安心して育つ

あるときから、勝手に愛が足りないと思って育って

それは満たされないまま

もっと
もっと
もっと


愛が何かもわからずに
ないものだけを数えて
ただ愛されたいと
守られたいと思ってた

(たとえば、私にはお父さんがいないから、病気を持っているから、などを理由に、誰かと比べて「幸せじゃない」認定してた。)

でも途中で気がついた

何だか人間関係がうまくいかない
(表面上は問題ないのだけれど、自分が苦しい)

それはやはり

満たされないままの私が過剰に求めているからだと
自分が求めるものしか受け取れない自分になっていたと

ただ愛されたいだけなのに

(今思えば、大変だったね〜、よく頑張ったね〜、と誰かが慰めてくれれば、気がすんでいたのかもしれない。甘えてたんだな・・・)

でもそれに答えられる人などいない

私が勝手につくりあげた涸渇の
ブラックホールみたいな欲求に

応えられる人などいるわけがない
(逆に、自分がそれを求められても無理 笑)


勝手に欠けていると思っていた私は
自分で満たす必要があった

それから始まった探求の旅




愛しなさいと言われても

愛されたいと思っている人間にとって
それは無理なおはなし



自分がいっぱいいっぱいなので

まず自分を愛してほしいので
(優しくしてほしいとか、わかってほしいとかにも置き換えられるかもしれませんね)

愛しなさいとか、感謝しろとか言われても無理なんです。

わかってほしいのに
わかってもらえない

そんな不満を抱えたまま

誰かに優しくするなんて無理なんです。

積み重なっていくのは
「なんで私ばっかり」
「あの人は好き勝手して(いっぱい持ってる)」
「私は何の価値もないんだ」
「誰もわかってくれない!」


そういうものばかり

とても感謝できる心理状態なんかじゃない。



満ちていない自分を満たすのがまず先で


満ちていれば
自然に優しくなれるし
愛せるようになるし
感謝もできるようになる。


どうやって自分を満たそうか?


自分の思い通りに、相手がなってくれれば満たされるのだろうか?

それを期待していると
満たされないかもしれない。

人は、思い通りに動くものではないから。
自分だって相手の思い通りになんて動けないし。


だから
自分が思ったようにやってみて
そしてどうだったか(どう感じたか)を見てみる。

長い飢餓状態の中でも

誰かからの
優しさや
愛などを
感じられる時はある

自分が気づこうとすれば
目を開けば

愛は周りからたくさん来ていたことに気づく

でもそれは、
自分に無理なくできる範囲で
誰かに優しく
誰かを愛する
をやろうとしたから
見えてきたことで


これまでみたいに
愛されたいから優しくしたり
好かれたいから周りに合わせたり

そんなやり方、愛し方などではなく

やれるときに気まぐれに
から始めて

余ってるものをおすそわけするような感覚で

やってみたら

うまくまわるようになってきて
(自分はまったく無理をしていないから)

自分を大切に
とか
自分を愛する
とかいう言葉がなんとなく入って来るようになってきて

誰かが喜んでくれるのが嬉しいという体験も重なって
喜びも覚えて


まず誰が何と言おうと
自分の思い通りにやってみると
気がすんで

だから初めてそのあと
周りが見えるようになって
周りも気遣えるようになって。


不満を抱えている人には

まず、何でもいいから思い通りになる状況をつくってあげるといい。

あなた自身
でもいいかもしれないし

不満を抱えた「旦那」や「上司」や「姑」でもいいかもしれない。

気がすむということは、
少し満たされるってこと。

満たされると、余裕が出てくる。

余裕が出てくると、人に優しくなれるようになる。


まず、満たしてあげよう。

あとはそれを自分でやってもらう。
(多分、家族のために、など理由をつけて、自分がこうしたいと思っていることを勝手に我慢しているはず。⬅言い過ぎかしら ^_^;)
こちらが求めていないことを、無理してやったり、逆に我慢したりしなくてもいいのだと知ってもらう。

永遠に満たすものと満たされるものの関係に陥らずに

多少文句は出ても(笑)

自分を幸せにするのは自分しかいない。

自分の気がすんでいれば

不満も出なくなる。

自分の考えと違っていても、
相手の気のすむようにしててもらえば
少しは不満が減る。

不満だらけの人は、「自分だけが我慢している」と思っている。
周りと比べて自分の方が「不幸(不公平)」になってる。

愛情の表現方法はひとりひとり違う。

そこが食い違っていなかったか?

本当に、あなたは愛されていなかったのか?
守られていなかったのか?

ほんとうに、不幸なだけの人なんているのか?

いいことだってあれば、
楽しかったことだってあったはずなんだ。

でも、それさえ思い出せないくらいになってしまったのなら
関係性を見直してみた方がいいのかもしれない。


自分が満ちているって、大切。




posted by Kaoru at 08:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月28日

永遠の時間

自分が興味のあること、やりたいことをやっているときは

そこに永遠の時間があらわれる。


疲れを知らず
身体的なことも忘れ
金銭的なこと・時間的なことも超越してしまう。


ただ、魂からのほとばしりや
あふれるエネルギーに突き動かされるだけ


子どもの
尽きない元気や
好奇心に似て


誰にでも

魂がやりたがっていることはあります。


そのために生まれてきたのだから。


それは、思いがけないことかもしれないし、
すでにそれに取り組んでいることかもしれない。


ちゃんと、出逢うようになっている。




posted by Kaoru at 15:48| Comment(0) | エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月27日

こどものじかん

子どもは
嬉しかったことを
ただそのまま
「嬉しい!」と表現する

楽しかったことを
「楽しい!」とはしゃぐ

自分で何かができたとき
「見て! すごいでしょ!」
と喜ぶ


いつからだろう

「嬉しい!」
に素直に一緒に喜べなくなったのは。

それが「自慢」に見えたり
「偉ぶって」見えたり
それにイラついてみたりするようになったのは。


なぜ大人は
素直にそのまま
受け取れないのだろう?


どうして
自ら
自分を苦しめる(不愉快になる)ような考え方をするんだろう?


そのまま見れば
シンプルなのに。

難しいことなんか何もないのに。

どうして、大人は難しくしちゃうんだろう?
複雑にしちゃうんだろう?

自分を大きく見せようとするんだろう?

もう充分大きいのに。



posted by Kaoru at 11:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月26日

いろんな感情をくっつけるから複雑になる

わざと相手が困るようなことを言ったり
わざと相手を傷つけるようなことを言ったり
わざとではなくても無意識に
こうすれば相手はこう返してくるだろうと思って言ったりすることには

言葉にたくさんのものがくっついている

期待だったり
強制だったり
計算だったり

だから

言葉そのものがまっすぐ届かなかったり

自分がまっすぐに受け取れなかったりする。


いつも

どう思われるかが気になって

本当のことを言えない


自分はこうしたい

というまっすぐな思いが隠されていてよく伝わらない

だから複雑になる

ただ愛されたいだけなのに
認められたいだけなのに


自分を愛するとは
まっすぐになるということ

自分を愛せている(大切にできている)人は

そのままで
人に親切にできる(見返りを求めない。そうしたいから、するだけ。自分がどう見られているかを気にしていないから恩着せがましさがない)

今の自分を大切にできている人は
相手をそのまま受け入れる

条件がいらない。
自分も弱いところがあると受け入れられているから。

今の自分を大切にできている人は
そのままの自分、生い立ちや育ち、今現在の環境・状況を受け入れている。
それでいいと思っている。


人に期待したり
羨ましいと思ったり
妬んだりしている間は
自分を大切にできていないということ。

そのままではダメだと思っているから
今の自分を否定しているから

誰かを気にしたり
周りの目を気にしたりする。
いつもまっすぐ自分のことを見ないで、周りばかり見ている。

自分の持っているものに満足できている人は、

他に何かを求めないから
心が落ち着いている。
欲しがらない。期待しない。羨ましがらない。張り合ったりしない。

それは、隠していても伝わるもの。


だから、自分を愛することは大切で

誰かを気にした行動は
続けるのが苦しいし、やってもやっても、認められないと感じる。

自らの衝動から生きている人は
渇れることがないし、報われる。
認められる必要がない(他者の承認を必要としない)から。

エネルギーの使い方がシンプルになります。

自分が満たされている人は
誰かで自己実現をする必要がないから

摩擦がないし
人を素直に認められる。

障るものが何もないのです。


自分が満たされていないと

どんな表現になるのであれ(一見ポジティブに見えても)とにかく人に絡む

自分を肯定(確認)するために
「そうではない人」を必要とする

できる
と思いたい人には
できない人が必要で

いい人
と思いたい人には
嫌な人が必要だから

不思議に周りに現れる。


わかりやすいのは攻撃で

妬み
ひねくれ
拗ねたり
羨ましがったり

ストレートに言えないから
歯切れが悪く
変化球の攻撃になったりする

変化球だから、理解されなくて
不毛なケンカになったりする


めんどくさいことになる(笑)



自分がどうしたいか。

周りがどうでも、

自分が何を表現したのか。

それに尽きる。

そのようにシンプルに生きているうちに

いつのまにか
周りに欲しかったものが集まっていることに気づく。


心がシンプルになると

いろんなものがシンプルにうまくいく。




posted by Kaoru at 08:45| Comment(0) | エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

生命研究の加速

今日もいい天気〜!


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洗濯・掃除日和です(笑)
それにしても、強い光・・・

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いつものごとく、写真にすると、なかなか伝わらないのですが💧

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ちょっと、木陰に避難。
それでも、強い陽射し。

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今日は、朝から(私にとって 笑)刺激的な情報がふたつも入ってきました
新聞の同じ面に載っていました。



4光年先に、地球に似た温暖な環境を持つ可能性がある惑星が発見したと発表されたのです
生命がいる可能性もあるらしい。


NASAによると今年までに3千個超の太陽系外惑星が見つかっているとのことですが、今回見つかったのは、太陽系外の惑星としては、地球からいちばん近いらしい(と言っても、4.2光年・・・現時点の宇宙船技術では到達するのに約3万年かかる💦)

惑星は、地球からもっとも近い恒星「プロキシマ・ケンタウリ」の周りを回っていて、「プロキシマb」と名付けられました。

岩石でできていて、重さは地球の1.3倍ほど。


将来、この恒星系に超小型の高速無人探査機を送る構想があり、生命研究が加速するだろうという話。
今回と似たタイプの恒星は、太陽系の近くにたくさんあり、ほかにも地球型の惑星が見つかる可能性はたくさんあります。

ホーキング博士らは、光速の5分の1の速さで飛行して、この恒星系に20年程度で到達できる超小型探査機を開発して生命体を探す計画を4月に発表しているそうです。

太陽系から近い惑星は、将来の移住先候補地として関心を集めているようですが・・・

海外に移住する気楽さで、他の惑星に移住する日がくるのでしょうか・・・?



そしてもうひとつ。

心臓幹細胞移植で治験
のニュース。

重い心臓病の子どもを対象に、心筋になる能力を持つ「幹細胞」を心臓から取り出し、培養後に本人に戻して機能を回復させる再生医療の治験が始まったのだそうです。
そこに至るまでにはゼラチンの特殊シートを開発するなどの経緯があったようですが、

増やした幹細胞はカテーテルで心臓の冠動脈から注入して心筋にしみこませ、自分の細胞を使うため、移植後の拒否反応の懸念はないとのこと。

11年前から研究として実施されていて、手術のみの患者と比べて、心臓の収縮機能や血液を送り出す働きが改善したという結果が出ており、手術に幹細胞移植を加えることで生存率が高まる可能性があるそうです。

手術をしても亡くなることが多い病気が対象で、期待は大きいとのこと。

心臓の幹細胞による子どもの心臓病治療が実用化されれば、世界初で、2年後の保険適用を目指しているそうです。


再生医療がこの先どんなふうに進化していくのか私にはわかりませんが、
リスクが少なく生存率が上がるのであれば、

こんなに先の明るい話はあるでしょうか。


諦めるしかなかったことに、どんどん希望の光がさしてくる、
どんなに救われる想いになることでしょう。


日々、研究を重ねてくださる学者、医学者、研究者、
進化のために時間を捧げてくれる、あらゆる存在に感謝です。




posted by Kaoru at 12:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

肩のちからを抜いて自然体で

自分にかかっている
余計な負荷を全部降ろして

頼っちゃいけない、自分でやらなくちゃ、とか
○○をどうにかしなくちゃ、とか

ああしなきゃダメ、こうしなきゃダメ、の
いろんなものを

一度
そんなにこだわらなくてもいいんじゃない?

と降ろしてみたらどうなるだろう。


降ろしてみたときに

自分がどう感じるのかを観察してみよう


安堵感があるのなら、
降ろしたことは正解だし、

落ち着かないのなら
落ち着かない(こだわる別の)理由が他にあるか、
あるいは、降ろさなくてもいいもなのかもしれない。

都合よく巧妙にすりかわっている場合もあるので
気をつけて。

すりかわりに気づかないまま行っても

いずれは
気づくときがくるので
そんなに心配することもないけれど。


自分にとって自然じゃないことは続かない。



そしてやっぱり、
感謝しかないと気づくんだ。




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2016年08月23日

自分の感覚と周りが映してくれるものとの融合

生きているという実感を得るため
自己肯定感を得るためには


必要とされること
居場所があると感じられること
役に立てていると感じられること
(どれも同じことですが)が必要で


頼られていることに応えているうちに
積み重なってくる「自分の確かさ」

積み重なるものが「苦痛」ならば

やることは、他にある。


“魂が喜ぶ”
“生命力がわきあがってくる”
という感じがあるなら

あなたは自分の居場所にちゃんといる

他のものさし(お金がたくさんあるとか、モノをたくさん持っているとか、周りに人がたくさん集まっている、とかなど・・・)に惑わせられなければ、ちゃんと、豊かさや行きたいところは見えてくる。


生きていると感じる(自分を肯定出来ている)とき
魂は輝く

時に「このために生きている」という思いが
不可能を可能にし、高い壁を超えさせてくれることもある。

生きがい、やりがいが

命を保っていることを手伝ってくれることもある。




posted by Kaoru at 12:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

いつか見た夕陽

先日、久々にくっきりと輪郭を残し水平線に沈んでいく太陽を見ました。

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たいてい水平線には雲がかかっていて
くっきりした夕陽を見るのは滅多にないのですが

たまたま知人のところに行っていて、帰り際、見ることができました。

胎内では
グリーンフラッシュが観測されたようで。



南国の方では、「見ると幸せになる」と言われているグリーンフラッシュ。


グリーンフラッシュは見えなかったけど
まんまるの、水平線に沈む夕陽を久しぶりに見れて、充分幸せな気分にひたれました(笑)




posted by Kaoru at 12:20| Comment(0) | ソラサプリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする