2016年07月31日

協力者であり挑戦者である

エネルギー。

「個人」という存在に内臓されているもの。

エネルギーは
使い方によってじつに様々な表情を見せてくれる。

夢や希望をみる力は
現実に反映させないと(実際に動かないと)妄想だけで終わってしまい

積極性や押しの強さなどは
使い方を誤ると怒りや暴力などで現れてくることもある。


どのように使ってもいいように
ボリュームを最小から最大にできるみたいに
最も荒々しい粗悪な表現から、最も穏やかで崇高な表現までがあって

それを使いこなすのは自分次第。

自分が音を出しているだけなので

誰のせいでもなく

どんな音色を出すかは自分の責任。

自分に向き合っていると
それがよく見えてくる(わかってくる)。


だから、どのエネルギーにも、最高の表現の形はあって

必ずしも最高でなければならないと思うことはないけれど(だから「個性」があるのだから)
それぞれに自分が心地いいと思う音色を奏でればいいだけ。

自分の中の天使と悪魔は(表現おかしいかな 笑)
いかにもふたつの相反する別々のもののように思えるけれど
別々のものではなくて
MINとMAXなだけで。

同じエネルギーなのでした。


使い方で天使にも悪魔にもなるだけで。


御し難く感じるこのエネルギーは

協力者であり、挑戦者であります。


時にあなたを励まし成長させ
時にあなたを厳しく律し鍛える


でも、どちらの表現を使ってもよくて

あなたがお好みの音色は?
と問われているだけで

あなたが表現したい世界を心のままに表現すればいいだけ。


共鳴する人が集まり、遠くで批判する人も現れる、それだけ。


それでも
あなたは自分の世界を表現し続ける

それが生きるということ。


自分が最も愛せて大切にできる世界を
誰に何と言われようと
慈しみ、楽しむ。


そこから生まれる喜びは
多くの人を憩わせ笑顔へと導く。




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2016年07月30日

本当の気持ちに従う

二度目の手術の前、珍しく何だかモヤモヤして
「イヤだな〜。やめられるならやめたいな〜」
と憂鬱な気分になっていました。

不安とか恐れとかではなく
ただ、漠然とイヤな感じが抜けない。

「先生にやめたいって言ったらどうなるかな」
「でももう入院してるし、準備は進んでいるし、今さらやめたいって言っても迷惑だよね」
「最初の手術のときはなんともなくスッキリしてたのに・・・自分では気づいてないけど、やっぱり最初の手術で何かダメージを受けて、無意識に引きずっているのかな」
「もしかしたら、術後、何かあって治りが遅いのかな?(だとしたら、しんどいのは嫌だな) ・・・まさかね」


など、いろいろ考えていました。

「自分の気持ちに素直に」
というのであれば、二度目の手術は「受けたくない」でした。

最初の手術は全くそれがなかったので、最初と二度目のこの感覚の違いは何だろう、とただただ疑問でしたが、

今ごねても、みんなを困らせるだけだし、振り回すことになるし・・・と、のみこんだのでした。

今思えば、先に感知してたのでしょうか。
やはり、術後、予想外のことがあったのですが・・・


結局その時は流れのままに進むしかなく
今、引きずっている不調(時間はかかるが必ず治るとのこと)も納得し受け入れています。

ゆっくり身体が治りたいように治ってくれればいいので。


たとえ本当の気持ちに気づいていても
不本意であっても
どうしてもやらなければならないこともあって

やってしまえば
どうということはないし

いくらでも
自分が納得できる理由なんてみつかるし
その中で前向きに生きていくこともできる。

「自分に素直に」とか
「本当の気持ちに従う」とか
「イヤなことはしない」とか
「直感を信じる」とか
いかにもそうできていないと成功じゃないというような勢いで
そういう生き方を推奨されていることも多いけれど
(そうできるのなら、その方がストレスが少ないし、私も奨めるけど 笑)

そうできなくても
ちゃんと起こることは起き
最善の着地点はあるのだと知っていてほしい。

そうできていないから自分はダメだ(成功していない)と安直に思わないでほしい。


多くの人のために(あるいは一部の人のために)
「自分を隠している」・「自分らしくない」選択をしているから
私はダメなんだ

「私はこんなにがんばっているのに、あの人ばっかり都合よく好きなことだけしてラクしてる」

という思いは、自分を苦しめるだけです。

一時「自分らしくなくても」、周りを思うその状態を選択したあなたの優しさや社会性は
いつかどこかで役に立つし、報われるはずです。

自分が壊れるほどに
我慢して苦しむのはやめた方が得策だと思うけれど

「社会性・社交性を発揮した」
と思って

一時合わせられるのなら

合わせることで見えてくる世界もある。
繋がるご縁も
目からウロコの新しい発見も
棚からボタモチも

あったりするんです。

どんな体験も
結局、自分がそのようにサラリと受け止められるなら

無駄にはならないし
得るものもあるのです。

どんな夜も乗り越えられる。

自分を知って
本当の気持ちを見失わなければ

どこにでも居られる

どこにいても、誰といても、大丈夫。




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2016年07月29日

バランス

昨日は

信じるちからを発揮しよう

と書きました。



私は、今、それが必要で、なんだかんだ言って、そうするのが好きだから

そういうことを言うし、やる(笑)


でも。

信じない(疑う)というのも

時に

使い勝手のあることで


人はそう言うけれど、自分にとって、本当にそうなのか?



何でもすぐにマルっと信じてしまわずに
疑ってみるのも

センサーには必要な機能だと思う。


言葉尻にとらわれるのではなく

いつも

自分を奮い起たせたり

心地よく立ち回るために使うのならば

どんなことも「ちから」になる。


けれど、

どんな言葉も

自分や他者を傷つけるためにしか使えないのならば

知らず知らず

魂にも傷がつき続けるように思う。


言葉もエネルギーも

使いよう。


ダメ出しをし続けていると気づいたのならば

今すぐに自分をいたわってあげよう。

他者へと向けた矢は、実は自分にも向いている。


一見ネガティブな、「疑う(信じない)」エネルギーにも、
ポジティブな使い方があるのです。


自分を守ることに使える。
探求の入り口にもなる。


「疑いの目」、向け先によっては、活躍してくれる(笑)




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2016年07月28日

信じるちから

「それでも信じる」

洗剤のCMで、「信じない」「すぐに信じる」ってやってて、
信じたいけど・・・「今までだって騙されてきたじゃない!」

というシーンがあって(笑)


やたら見ます、このCM。
猛プッシュしてるのかな?
と思ってたのですが、家族は見たことがないと言います(!)
えー?!
一緒に観てるのに?(^_^;)

私が拾っているんだな・・・?


何気なく見てたけど・・・

メッセージだったー!(笑)


今こそ、もう一度「それでも信じる」ちからを使ってみよう。

そんなに頑張りすぎるんじゃなく
自分にできる範囲で
心に余裕のあるときに少しずつ


新しいことを始めてみたいと思っている今だからこそ(*^_^*)




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2016年07月27日

どんな場でも自分を表現できる

自分らしさを維持したまま

どこにでも居られる


本当の自分に出逢うと

どんな影響も自分の糧に変えることができて
自分の外で起こることにあまり引っ張られなくなる。

ただ淡々と
自分の思うように生きるだけ。

ただそのままで
たくさんの進化と喜びと出逢い、そして変化


「状況を選ばなくなる」のですね。
条件が必要なくなる。


あるものを喜ぶ。

それだけで。


どこにいても、誰といても、幸せ。

どんなことも、本当の自分の前では
それを超えるものなどないんです。




posted by Kaoru at 08:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月26日

痛みを忘れるとき

本当に魂が喜ぶことをやっているときは

身体の痛みや疲れや空腹感などを忘れる

ホントに集中すると寝食を忘れることもある


それほど打ち込めるものがあるというのは幸せなことだと思う。


ただそれをやるのが楽しくて(その最中は無心)


他のことは何も考えていない


あまりにそれに触れるのが魂にとってエキサイティングなことなので

他のことが色褪せてしまう。

生み出す喜びに触れていたくて

他のことがどうでもよくなってしまう(関心が薄れる)。

始終そのことを考えている。

それが楽しくて仕方ない。



あれこれと他の人を気にしたり、ささいな事が気になるのは
まだそれに出逢っていないからなのかもしれない。

他からの評価が気になるのも、まだそこに辿り着いていないからなのかもしれない。

夢中になれるものがあれば、ネガティブな思考さえ現れる隙がない。

そんなことを考えたり、立ち止まったりしている時間がもったいない。

そもそもネガティブにならない(笑)

自然に身体も健康へと向かう。
(弱くてもどこかしらかエネルギーがわいてくるとも言える)

喜びと楽しみと感謝のループができて
感謝は感謝を呼んで

やりがいが生まれる。

これのために生きているという実感もわいてきて

このために、生まれてきたとさえ言えるようになる。

それがきっと「天職」と呼ばれるものなんだろう。

それは、自分の生活の延長上にある。




posted by Kaoru at 12:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

出逢うべくして出逢う

婚活・合コンもひとつの方法だけれど


日々を丁寧に暮らす

趣味を楽しむ

興味を持ったことに関わってみる

そうやって日々の暮らしのなかで培われた感受性が

人と人とを結びつけてくれるのではないかと思う。


話すこと・世界観や価値観、これまでどう育ち、どんな体験をしてきたのかなどが

人を魅力的に見せるのだと思う(相手の印象に残る)。


自分の存在感の延長上に、出逢いはきっとある。

広く広く網を張って(笑)


そして、浮かんでくる感情、自然に出る言葉、嗜好、生き方などが相手に対するサインのようになっていて

(計算など意味がないとわかるだろうけれど)

そのままで滲み出るもの、醸し出す雰囲気、佇まいなどが

出逢うべき人を選り分けてくれる。

まっすぐ相手に伝わるものがある。


それは、世間一般的な常識なども超えていて

自分で思うマイナスポイントが「愛されるわけがない」とかたく思っていたとしても

相手にとっては、むしろ「それがいい」と思えることだったりするから

むりやり自分を変えることはなくて
(自分を改造しなきゃ逢えない、なんてことはなくて。もちろん、素敵な人になりたいから変わりたいという望みがあるのならば、自分を磨くことも、そのために努力することも素敵です)

自分で思っているよりも
相手が「いい」と思っているポイントは違っていることもあって。

自分で「良くない」と思っていても、相手は全く気にしていないこともあって。

だから、そのままで
ちゃんと出逢えるようになっている。


むしろ大多数において「これがいいから」と自分らしくないことを続けても

かえって出逢うべき人から遠ざかることになったり。

「出逢い」は自分の思惑をはるかに超えるもの。

だからこそ、日々の生活を楽しむのがいいと思うのです。
楽しかった〜!って、言えることをやる。
魂の栄養になりそうなこと。
こうするのが、好き!って言えること。

その中(延長上)に、ちゃんと、あるから。




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2016年07月24日

ソウルメイトの交点

「女性の準備が整ったとき、男性(パートナー)は現れる」のだそうですが

いわゆる男女の縁という枠を超えて

男女問わず

「心の友」としても同じことが言えると思います。


自分に準備ができると(いろいろな体験をし、自分なりに心をかため新しいことに挑戦しようと思っていると)
喋る内容や興味を抱く対象が違ってきます(私は、わかりやすく変化し、現れる方です)。

「その時の自分」に惹きよせられてくる人、繋がる人が現れる。

「それぞれの成長の段階においてソウルメイトは用意されている」というのは本当で

その時自分が何を考え行動するかで
関わることが一変する。

関わる人が現れる。

「弟子に準備ができたとき、師は現れる」とも言います。


きっと、ステージが変わってそこにいろんな設定があるように

すべては準備されてるんだ。

だから、自分が行きたいところに行けば

そのステージは自然にひらくんだ。


そこに、それぞれのステージに、素敵な人はいる。

そこに行きたいのなら、自分の足で意思で、行くしかない。



行きたい世界にどうすれば行けるのかわからない。

・・・としても、大丈夫。

仕事を変える、住む場所を変える、日課を変える、

何を変えてもいい。

それをきっかけに、自分の内側を大きく変えてみる。


環境を変えるのに、大きなリスクが伴うから、もう少し別な方法はないのか?

・・・と不安に思っても大丈夫。

自分の内側から変えられるから。

今の環境が好ましくなくても、「今、自分が立っているところ」から変える。

いいところにフォーカスして、できる範囲で少しでもいい方に目を向けて
本当に感謝できること、嬉しいなぁと思えることを増やす。

なんでも喜ぶ。

上昇気流の乗り方です。

そうしているうちに、ゆるゆると上昇しはじめ、あるとき一気に状況が一変することがやってくる。


外から来るものも、自分の在り方が決めます。


どこにフォーカスしているか、何を考えているのかをよく観察してみましょう。

下降するには下降するなりの目線や思考があったりします。

上昇するには上昇するだけの思考や行動、目線があるのです。


抜け出したいなら、せめて気持ちだけでも、明るく持ち続ける。

考え方を少しだけ変えてみる。


そして、続けてみる。それだけ。


つねに愛の選択をし続けた人が、愛に触れずに進むなんて不可能なのです(笑)


大丈夫。自分なりの表現で。

自分にとっては、これが愛、と思うもので。

そこで共鳴が起こって、自分にとって必要な人やことを起こすのだから。




posted by Kaoru at 09:47| Comment(0) | エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月23日

いのちをどう使うのか

いつも
長さではなく

どう使うのか

だと思ってきたけれど


それは私の場合

「長く生きられない」

という前提での上で生まれた考えで


先のことはわからないけれど

もしかしたら

もう少し長さがあるのかもしれないと思ったときに

身体を長持ちさせよう(健康に保つ)とか

食事に少しは(笑)気をつけようとか

体力をつけるために運動をしようとか

継続を視野に入れたことを考えるようになりました。


それでも「いのちをどう使うのか」という根本的な考えは変わらないけれど
長さがあるという土台の上に
積み重なっていくものがあって

それが嬉しく感じられて

もう少し体力がついてから
自分は何を思いついたり考えたりしているのだろう? と

長さが見せてくれる世界もあるのかもしれない と

この先を楽しみにしている(笑)


身体や環境を変えると

考えも変わるので

変化をつけたい時は

自分の人生(生活)の中のどれかひとつを変えるだけでもいいのかもしれない。




posted by Kaoru at 22:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

素敵な笑顔が持つ力

20日、山羊座満月(7:57)はいかがお過ごしでしたか?

前夜もとってもキレイに見えていましたね

私は、20日夕方、
ずっと買おうと思っていたけど、何となく先延ばしにしていたものがあり、
よし、今日は買おう!と決めてホームセンターへ出掛けました。

すると、新商品が並んでいた!
しかも、デザインは新商品の方がいいし、
値段も、買おうと思っていたものよりも安かった!(笑)

ラッキー!

で、ついでに宝くじ売り場があったので、たまたま目について気まぐれに買っておいた未確認の券があったことを思い出し、調べてもらいました。

そしたら、当たってた!(笑)
少額ですけどね(笑)⬅って言っても、10枚買えば必ず当たる数百円ではなく。

ラッキー!(*´-`)

な〜んてタイミングがいいんでしょ( ´艸`)

・・・と、ラッキーな1日を過ごしておりました(*・艸・)

ニコニコ過ごしていると、ホントに嬉しいことが続きますね

満たされた毎日を過ごしています



笑顔で思い出した。

先日、世界一清潔な空港の清掃員のことを知りました。

新津春子さんの地道な努力で、2013年、14年と2年連続で“世界で最も清潔な空港”に選ばれた羽田空港。

彼女の笑顔がとても素敵でした。


日本人と中国人のハーフとして生まれ、どちらの国にいても「外国人」としていじめられた過去。

言葉がうまく話せなかったため、日本に来てからも清掃の仕事しかない。
そんな逆境を笑顔で乗り越えた女性のお話です。

清掃員はどうしても下に見られ、地位が低い。
でも、その仕事に誇りを持って、どんなところも、どんな汚れもピカピカにしていきます。
ピカピカになった時の嬉しそうなこと!

「人に負けない何かが欲しい」と強く思い出逢った清掃という仕事。
それしかなかったとも言えますが、その中で彼女は、自らの技術を磨いていきます。

そして、上司との出逢い。
その上司の哲学「清掃はやさしさ」

清潔を保つだけではなく、清潔さを保つことで使う人に喜んでもらうこと。

それから、笑顔で清掃をするように心がけると、労いの言葉をかけてくれる人が現れるようになります。

向き合うのは、自分。
自分が、どう在るのか。

そのことを教えてくれる言葉があります。

「人に評価されるからやってるわけではないんです。そこまで私は思ってないんです。自分がどこまでやれるか、自分を清掃の職人だと思っているんです。あくまでそれをやった上で、人がこう感じました、喜ばれたというのが人の評価ですから。すべてが人に褒められるということを目的にしていないんです」

「やさしさとは、心を込める、ということ。心とは、そのものや使う人のためにどこまでできるかを、常に考えて清掃するということ。心をこめればいろんなことを思いつくし、そこに自分の気持ちのやすらぎができると、人にも幸せを与えられると思うのね」


どんなことも、極めると、ただ、自分と向き合い、高め、自分を通して他者と繋がる、そして、他者を通して自分を知る、の循環ができるのですね。

自分発信。

自分が、どうしたいのか。
どう生きたいのか。

突き詰めると、そこ。


そのほうが、自分が嬉しいから。

そんな生き方を、誰でもができる。
自分に誇りを持って、どんな時もそれを続けるだけ。

自分が今いる世界を、大切にするだけ。

たとえそんなふうに思えない環境にいるとしか感じられなくても

今から、思い直して笑顔でやるようになったら、世界はどう変わっていくだろう?

それを誰かが見逃すはずはないんです。

そして、そういう自分を、いつのまにか愛せているようになるのです。

込めるのは、心。

生きるのは、あなた。

どんな人生にしましょうか?(*^_^*)




posted by Kaoru at 20:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする