2011年01月19日

ゆらぎ

ふと思うこと

何だか話がトントン整う

何となく気になる

心が残る


そんな感じの時は、その先に繋がっていくことが多いです。

これは、自分の魂の望みに繋がっていることも多いので、すぐにそれを選べない、というときでも、見過ごさないで、あたためておきましょう。

自分で否定したり流したりしていても、それは何度も何度も自分の心に浮かんでくるので、自然にそれに係わるようになるのですが・・・

縁、てそういうものなのかもしれないですねぴかぴか(新しい)

自分では意識していなくても、魂の方は知っていて、何となく選んでいるのかもしれません。

ちょっと寄り道しても、そこに思いがけないものがあったりして・・・

道を間違えても、「あっ間違ったあせあせ(飛び散る汗)」って、元の道に戻ればいいだけなんだし。

ついてない日ついている日があるのも、単なるゆらぎでしかなく、波が落ちている時に感じること、波が上がっている時に感じること、そのどちらをも知って幅広く感性が磨かれるためにあるもの、と思うと、そんなについてない日を嫌がったり排除しようとしなくてもいいんじゃないかな・・・とも思うのです。

ゆらぎの中で、いろんな事を経験しながら、よりよいと思うものを好きなように選んでいく・・・

自分で選べるから、自分で体験できるから、楽しいのですねわーい(嬉しい顔)

自分が嫌だと感じることは、「選ばない」
「自分には起きない」「自分には縁がない」

「自分には、自分にとっていいものしかやってこない」

と決めるのも、「選ぶ」ことなんですねかわいい

様々な選択肢が与えられている。
自分が自分の魂をどう磨いてゆくか。

それはダイヤモンドのような輝きを放つかもしれないし、ムーンストーンのようにやわらかい光かもしれないし、サファイアのように涼やかなきらめきかもしれない。

どれもみんな、それぞれに魅力的で、綺麗ですよねぴかぴか(新しい)

どんな光を放つかは、自分がどう磨いてゆくかにかかっているのです。
磨いてもいない原石の時点で、または磨いている途中で、「光ってない」「変な形。」と、諦めないで。


posted by Kaoru at 11:04| Comment(0) | コトダマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする